水式門唯一指導の成立当時のままの原点・清朝末式八卦掌とは」カテゴリーアーカイブ

八卦掌水式門が、国内外で唯一指導する、八卦掌成立当時のままの原点スタイルの八卦掌「清朝末式八卦掌」について、八卦掌第6代目掌継人である伝承者の水野が詳しく解説をする。

清朝末式八卦掌は、現存流派に縛られない成立当時原点八卦掌

八卦掌水式門で指導する八卦掌には、名前がある。「清朝末式八卦掌」だ。

名前なんてどうでもいい?いや、国内主流の近代スタイル八卦掌と同一視されると問題があるため、この名をつけた。それくらい、清朝末式八卦掌と近代スタイル八卦掌は、別物体系なのである。

程派、尹派、梁派・・・それら著名流派に加え、八卦掌にはたくさんの流派がある。

そもそも「派」とは「派生」や「枝分かれ」のニュアンスを含む。

だから私は、自分が指導する八卦掌に、「~派」という名称はつけない。つけたくもないし、そもそも、~派という名称の入り込む余地がない。

なぜなら、私のたどり着いたものは、原初のままの、枝分かれする前の八卦掌だからだ(原初と近代に優劣はない。スタイルの違いである)。

「原初のやり方に忠実に従った原初のスタイルによる」の意味なら、「~式」こそがふさわしい。よって、清朝末式八卦掌と題うっているのである。私は、この呼び名を大変気に入っている(~派と呼ばれるのは、本当に嫌だった)。

この呼び名は、サイト上にて言うにとどめている。門弟にとって、このようなことはどうでもいいことだからだ。私に続く門弟は、各人思うように進むのがいい。

そもそも、弊門指導の八卦掌が、原初スタイルと言い切ることができるのはなぜか。

それは、各流派に共通して残っていた型・姿勢から推しはかり、そのうえで、30年以上もかけて実戦・組手・単独練習の果てに確信したものだからだ。他人の文献をを参考にしたからではない。現在の中国国内の著名先生の書籍にも、清朝末式八卦掌に関わる記述はなかった。隠しているのか、それは分からない。しかし書いてないのは事実である。

拳法は、書物での伝習は難しいとされる。すべてを書物から、では確かに大変だ。しかし、究極の達人先生から教わらずとも、(指導許可を得るくらいの実力を持つ)先生から、動作の仕方・手順を教わりさえすれば、あとは、ひたすら繰り返すことで、技の術理も含め、すべてを君の身体が教えてくれる、のも実感している。

私たちの身体は、あまりにもすごい有機体である。科学の力をもってしても複製することなどできない、奇跡の物体である。

その奇跡の物体が、教えてくれたものだ。「このやり方・・・いいな」「やっとわかった、こういうことか!」突然感じるその悟り・サインこそ、真実が分かった時だ。そのサインを積み重ねていき、たどりついたのが、この清朝末式八卦掌。だから「確信」しているのである。

もちろん、いまだに謎の部分もある。しかしそれは、これからの研究の果てに、きっと明確にわかるもの(つまり、引き続き、死ぬまで、ずっとずっと追い求める、ということだ)

よく人は言う。原点回帰ですか?原理主義ですか?と。いいや、違う。「清朝末期頃のスタイル」にたどり着くのは、ゴールではない。通過点だ。

私は、もっともっと先を見据えている。しかし、ここまで時間がかかり過ぎてしまったのも、事実。試合想定・強者使用前提となり、本来の八卦掌が持っていた最大の特徴から離れてしまった現在主流の近代八卦掌からの離脱は、想像以上に大変であった。

習っていた門を事実上追い出される形となり、当時は相当憤っていたが、考えようによっては、全く自由に行動できる、ということ。

事実、所属門を辞してからの技術の向上は、すさまじいものがあった。所属していた時は、梁派の技術体系に疑問を持ちながらも、それに追随する自分がいた。しかし今は、問題なく離れ、どんどん後退スライドし、縦横無尽に駆け巡っている。

練習の最中、敵前にとどまる練習を少しだけ行っている。その後、後退スライド術理に沿った清朝末式で練習をし始める時、いつも思う。「なんて自由に動くことができることか!」

私は気づかないうちに、著名流派の形式主義に陥っていたらしい

近代スタイルでは、敵の力とぶつかるのを避けられない。どこかしこで必ず、敵の力と積極的に抗する場面がある。その抗する瞬間をやり過ごす技法が、あまりにも難しく、成功を妨げる

やり過ごす技法を完璧にこなす人を、ほとんど見たことが無い。「相手次第」という極めて厳しい技術体系を克服するような技法は、相当習得が困難だ。

それには、膨大な対人練習(相手を必要とする練習)が必要となる。清朝末式は、最初こそ術理をマスターした人間の導入が必須であるが、その後は、対人想定練習(対人を想定した一人練習)でかなり上まで技術を上げることができる。しかし、近代における力とぶつかる瞬間を制する技術は、対人練習でないと独りよがりとなってしまう。

正直、近代八卦掌を練習している者の中で、対人練習を定期的に行えている人間はどれほどいるだろうか?私は、師の会に所属していた時、必ず、対人練習に積極的に挑んだ。

相手に圧倒されても、そこから得るもののために立ち上がって臨んだ。あれほど積極的に対人練習に挑んでいる人がどれくらい、近代八卦掌修行者にいるだろうか?八卦掌の経験者と手合わせをしたことは何度もあるが、対人練習をやり込んだと推定できる人に出会ったことが無い。

これでは力任せの攻撃をいなす技法は手にすることができない。「相手は体格がいいから仕方ないね」とよく耳にする!が、それは実戦では「死」もしくは「蹂躙」を意味する。私は身をもって経験したから間違いない。

これからますます、清朝末式八卦掌の指導を加速させていく。弱き者が立っているためには、このスタイルしかないと信じているからだ。

全く迷いがない。梁振圃伝八卦掌で指導許可を得た自分だが、指導許可をひっくり返され、一方的に苛酷な条件を付された経緯があり、梁派に未練すら湧かない。

個別指導科では、梁派近代八卦掌コースを新設している。しかし、当コースは仮入門制なしで教える(グループでの指導にも応じる)。仮入門制を採らないくらい、梁派の名にこだわってないということだ。(梁派近代八卦掌コースでは、それだけの履修修了で八卦掌第7代掌継人にはしない。護身や指導ができないからである)。

強者の力任せの攻撃に圧倒されているなら、弊門で清朝末式八卦掌を練習しなさい

女性に護身術は意味がない、と言われて行き詰っているなら、弊門女性本科で、清朝末式八卦掌の術理を学びなさい。

いじめで体格のいい複数人の同級生に、意に反する要求をのまされているならば、いじめ護身部の動画を参考に練習をし、遠隔地生科を利用して学びなさい。

本当に身を守ることができる護身術を学びたいならば、君が・あなたが、よほど体格や筋力等で恵まれてない限り、力がぶつかるスタイルの格闘技をもとに作った護身術では、護身を果たすのは難しい。清朝末式八卦掌の護身術そのものの技術体系を味わいなさい。

後退スライドし、縦横無尽にかけめぐり、護身のみであれば、頃合いをみて、キロメートル単位で離脱しなさい。確実に護身を果たすことができる。既存武術のような小手先の手技で防御するな、清朝末式八卦掌の術理による、圧倒的な移動距離で防御せよ。

趣味やファッションで護身術を学ぶなら、それはそれでいい。しかし、本当に護身が必要ならば、力がぶつかるスタイルは、対人練習環境が整っている道場でない限り、避けよ。

もし一人で練習するしかないなら、八卦掌水式門の入り口を叩け。清朝末式八卦掌の術理を学びに来なさい。やる気のある者との出逢いを楽しみにしている。

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久々の八卦連身牌(盾)指導~習った背景・盾の準備

前の記事で、少し牌術(はいじゅつ)について触れた。牌術とは盾術のこと。主に、虎衣藤牌兵の伝説について触れたと思う。

今回は、八卦牌を連身牌として習ったいきさつと、実際に練習するための準備について、少し触れていきたい。伝説話から、実用への橋渡しである。

八卦連身牌(はっけれんしんはい)。名前は適当である。なぜなら、教えてもらった先生も、そのように(おそらく)呼んでいたし、その都度、呼び方も変わっていた。

その技術を指導するとき、「八卦の連身牌だ、牌は・・・盾ね」と言っていたことだけ、明確に覚えている。

教えてもらった時は、まだドラゴンクエストがメジャーでなかったときだ。日本で盾を持った戦いはなじみがない。当時から、日本と世界に歴史についてはそれなりの知識があったため、盾術を教えてもらった時は、強烈なインパクトを受けた。

先生は片言で、「タイカーソルチャー」と言いながら、虎の動きを模倣し、その後、生徒さんの御年輩の方らに手拍子をさせながら虎衣藤牌兵(こい・とうはいへい。この呼び名は後で知った)の演武を見せてくれた。あの時の驚きと衝撃は忘れられない。カッコよかった。

次に教えてもらった時は、なぜか牌術のまた呼び名が変わっていた。その名を覚えていない。今となっては、そもそも八卦掌に関係した牌術なのかも不明である。

いろいろと八卦掌の文献(中国語の文献)を見たが、八卦の牌術について記されたものはなかった。だからといって、「そんなものは八卦掌ではない、違う。」と決めつけるは当然しない。

衝撃と、魅力、そして高い実戦性は、長年の練習で実感した。きわめて後退スライド術理と相性がいい。そのことは、わたしにとって、習った牌術が八卦掌のものであるという確信的なよりどころである。

だからあの時、横方向への、半円軌道の打ち方を教えてくれたのか(ホンロウ勁)。先生は、形意拳を教えるために、劈拳を教えたのではなかった。であるならば、斜めに進む劈拳など教えない。斜進の劈拳には、八卦掌の打ち方の一つであることと、それが牌術における重要技法であったために触れたのだ。意味があったのだ。

東京まで行って、八卦の連身牌術だ、と言われながら八卦掌の先生から教わったこと。それはきっと、大きな縁であり、意味がある。自分の求めてきた八卦掌のスタイルに到達し、技術も備わり、八卦掌の本当に意味、何が重要で何がそうでないかが分かった今でも、牌術を練習する必要性を感じる。

定式八掌に中にも、牌術でなければ説明しにくいものがある。そして、相性のいいものもある。仙人観棋掌、そして・・意外と、推磨掌。推磨掌は、手で刀を持ちかえるより、盾と刀の両方で、その都度の位置に対応する動きをすると、大変やりやすいのだ。

牌術技法は、武器術の必須ではないが、術理の説明では必ず登場する。よって、興味をもって取り組み、今でも続けている門弟もいる。

興味をもって練習するには、当然、盾が必要となる。

盾など、当然そこらのショッピングセンターには売ってない。かといって、中国から本物の藤牌を取り寄せるのも大変だ

よって自作となる。

私は、ホームセンターで必要なものを買ってきて、一気に仕上げる。ゴミ箱のフタで作った盾である。ゴミ箱の青いフタであれば、60センチほどの盾を作ることができる。

  • ゴミ箱のフタ(直径60センチ)
  • 木の取っ手
  • ソフトまな板(大サイズ)
  • アウトドアとかで使うベルト

実際に藤牌兵が持っていた盾は、直径が80センチくらいの大きなもの。野戦時、藤牌兵が前衛に立ち、盾を掲げ身を隠しながら敵の陣形に突撃をする。あとの槍兵らは、後からついていくのだ。突撃時、敵陣から飛んでくる弓や、待ち構える敵兵の長い槍や騎兵による手持ち槍による突き攻撃を防ぐため、藤牌は必然と大きなものとなる。

時の流れとともに、この戦法は主流から外れていく。列強の中国侵略時、虎衣藤牌兵は、そのままのスタイルで近代装備と近代戦法で武装・編成されたイギリス軍と対決。

藤牌は、弓矢・槍による刺突攻撃・火縄銃の弾丸には、それなりの防御力を持った。しかしイギリス軍の主装備は、マスケット銃とカノン式野戦砲・榴弾式野戦砲である。マスケット銃の弾丸は藤牌を突き破り、榴弾式野戦砲の炸裂弾の破片は、四方から無差別に清朝兵を殺傷する。

下の写真は、アヘン戦争時の履門(アモイ)攻防戦である。藤牌営らを含めた清朝正規兵営は、イギリス軍のアイルランド連隊をはじめとする近代軍団の優勢な火力により押され、多大な犠牲者を払った。どさくさにまぎれたイギリス軍・野盗らによる略奪・暴行などで、周辺は蹂躙され多くの惨劇を生む。

「虎衣藤牌兵」の名は、「栄光の部隊」から、「悲劇の部隊」の代名詞へと変わり、福建省周辺で伝説となり、その舞が民間に伝承されていく。

水式門では、盾の代わりとなるものをもって戦う場面の練習であるため、そこまで大きなもので練習しない。

しかし、大円に沿った刀の円孤軌道による斬撃を実感してもらいため、大きな径の盾(40~60センチ)を使用してもらう。動作を学ぶには、動きは大きい方がいい。大きい盾の円孤で練習すれば、動作も自然と大きくなる。

これは直径60センチのゴミ箱フタでつくった牌である。

一般的には、アームシールドとなる。アームシールドを持った手は、八卦掌の手法で操ることができれば、敵に勝手に当たり、ダメージが大きい。

振り回せばいい・・・簡単そうに思えるが、丸い物体を振り回せば、徒手の場合よりも腕の軌道を身体より離す必要がある。徒手の場合を同じように降っていたら、当然盾の端が自分に当たってしまうからだ。

基本は、後退スライドからの斬撃である。なるべく身を牌の後ろに置き、牌の外径に沿って刀を半円を描きながら斬り下ろす。

上からと下からの両方ともを練習する。持ち替えはできない(持ち替えている暇などない)。

持ち手を変えないで、敵に近い側の手で、敵前で居着かず、歩きながら対処する練習をするのだ。体幹を鍛えるのに、極めて大きな効果をもたらす。

八卦掌の移動遊撃戦における牌では、守るのは、側面・前面だ。後方は、自分は勢を保って猛然と進みながら攻防するため、いることが分かっていても、とにかく前に進む。

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虎衣藤牌(盾)兵刀術は、後方スライド撤退戦と相性がいい

八卦掌は、「掌」となっているが、多くが武器である。

できるかぎり武器をもつ。武器は、現代では「物」で代用されなければならない。武器の携帯は、(日本では)許されないからだ。

しかしもし武器を携帯していいならば・・・・私は円の盾と、棒を持つ。棒は、刀ではないの?と言われるが、刀だと、自分も相手も殺傷してしまう。

平和な時代に生きている私は、人を刃物で傷つけるなど、許されても想像できない。いや、絶対したくない。よって棒である。

水式門の指導する八卦掌は、清王朝末期頃スタイルの八卦掌である。刃物武器で殺し合っていたころの殺伐とした時代のスタイルである。技法は単純明快。難しい理論はいらない(当時の中国の民衆の識字率は大変低く、それが机上学習に対する人々の関心を低くし、理論は完全に必須ではなかった。弊門では、今でも理論は任意である。)

単純明快な技法は、すぐに戦う必要があったから。大変天国の乱によって何百万単位の人間が命を落とし、清朝の権威が失墜し、治安が乱れた頃に、年単位でしか習得できない技術体系など栄えなかった(家伝武術のみである)。

盾兵は、当時の軍団の重要な構成要素であった。戦場という極限の中で生まれ、用いられてきた武器術なのだ。

清王朝康熙帝治世時代、清は近接のロマノフ朝ロシアと、たびたび国境紛争を起こしていた。

1600年代は、武器も刀剣が主流であった。銃は火縄銃・大砲は、砲筒内の火薬の爆発で、鉛玉を飛ばし当てるのが威力のメインの時代だった。

そのような時代背景もあって、今日触れる虎衣藤牌兵は、その刀剣術と牌術(盾術)で、ロシアとの国境紛争において後世に名を残す活躍をした(アルバジン戦争時のアルバジン包囲戦において、藤牌を使った伝説的な働きをし、ネルチンスク条約の締結に貢献をした)。

詳しいことは不明だが、台湾征服後の鄭氏王朝接収の際の、王朝直下の藤牌兵部隊が前衛だったと言われている。

清王朝においては、虎の毛皮に身を包み、虎の顔を模した藤製の盾を持ち、鍛えぬいた刀剣術で、敵に斬り込み、牌で身を守った。虎の毛皮と盾は、敵の軍馬を恐れさせるためだったと言われている。

東京で名もなき先生に拳法を習っていた際、その先生は牌術の使い手であった。その印象がとても強かった。

現在も、中国福建省付近では、虎衣藤牌兵の武術(舞)が伝わっている。成人後、先生の消息を追ったが、結局わからずじまいであった。

しかし虎衣藤牌兵の武術を知っているならば、福建省付近の出身かもしれない(しかしやっていた徒手武術は、形意拳や八卦掌などの北の拳法だった)。

実はこの藤牌術、後退スライド撤退戦(単換掌理)対敵身法と大変相性がいい。後退しながら盾で受け、盾を越えて突き刺すホンロウ勁による刀操術を用いるならば、我が身を盾の中に収めながら攻防できるのだ。

使う場面や用法は限られるが、護身に徹するならば、きっとこの技術は何らかの形で役立つだろう。

・・・ということで、私は頻繁に藤牌術を練習してきた。盾は、ホームセンターで売っている大きなザルを3枚くらい重ね、それを結束バンドで絞め、後ろに腕を通す輪を作り、持ち手を付する簡単なもの。

盾で攻撃する技術を集中的に磨いていた時は、ゴミ箱のフタで作り練習をしていた。この青い盾は、つい最近まで持っていたが、ついに壊れてしまった(耐久性はなかなかだった。ナイフくらいの斬撃ならば、十分に防ぐことができる)

指導の中で、子供たちにも教えた。刀術専門の子は、藤牌兵刀術を大変気に入り、今でも練習をしている(目立つのがたまにキズ)

牌術は八卦掌の必須科目ではないため、指導は、一通り修行が終った承継人の希望者のみに教えている。今まで教えたのは、二人のみ。二人とも刀術が好きなため、非常に熱心に取り組んでくれた。

演武の中国盾術では、身体が盾を乗り越えて斬撃・刺突を行うが、実際は、盾から身を乗り出さない。乗り出すと、その瞬間に斬られるからだ。盾操法の発達した西洋では、この辺は徹底している。

水式門の藤牌術も同じである。よって、直線的な攻撃はできない。そこで登場するのが、ホンロウ勁である。

ホンロウ勁を使用する代表的拳法が、形意拳である。形意拳の劈拳は、ホンロウ勁で打つ技だ(だから最初に取り組み、修行期間を通じてずっと学び続ける最重要技なのだ。名人の逸話に囚われ、初心者のくせにホンロウ勁の学習がしにくい崩拳をやりたがる連中が多すぎる)。

東京・清瀬の先生も、形意拳をやっていた。ホンロウ勁は後の八卦掌の先生にも習ったが、私はその時すでに習っていた(当然ホンロウ勁という名前など教えてもらっていないが)。だから劈拳とホンロウ勁は、それなりにできる。指導許可は得てないから、形意拳の名で生徒は募集出来ないが。

ホンロウ勁による半円軌道の打ち下ろし操法にて、盾を下弦軌道で乗り越えて(もしくは下から、刃先を上弦軌道でまたがせて)刃先を相手に届かせる。牌術はその技法がほぼすべてである。

牌術を練習することで、カバンなどをもって盾とし、我が身を守りつつ戦う概念を獲得できる。

コンビニでバイトをしていた時も、番重(ばんじゅう。商品を運んできたパレット)を使用して戦う方法を思いつき、ホームセンターで番重をかってきて練習していた。

虎衣藤牌兵刀術を習うことが最も重要なのではなく、盾の代わりになるようなもので戦う発想と、事前準備が大切なのだ。

水式門に来たらならば、是非とも藤牌兵術も習ってもらいたい。

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八卦掌使いの強さを引き上げる体軸力~翻身拍打の重要性

八卦掌水式門(以下「弊門」)のサイト中のいじめ護身部に、単招式(単独練習型)の「翻身拍打(ほんしんはくだ)」を掲載するために、準備している。

この翻身拍打、大変重要である。程廷華伝八卦掌では、八母掌?の「単換掌」で、この動きがみられる。

私が佐藤金兵衛先生の本を見て練習していた時、掲載されていた型で意味が分かったのは、この「単換掌」だけだった。

当時は、身をひるがえして、その展開力にて攻撃するための型だと思っていた(今になって分かったのだが、それも用法の内のひとつで、間違っていなかった)。

しかしこのひるがえしの動作は、昔日スタイル八卦掌の斜め後退スライド撤退戦(単換掌理)対敵身法の理で用いると、斜め後方から迫ってくる敵の攻撃をはたいて反対側の肩を入れつつ、推掌にて押し突き離脱する撤退戦用法にもなると気づいた。

この用法は大変シンプルで、後敵イメージ走圏が日頃から練習できていればいるほど、自然に決まりやすい、理にかなった使い方。

さすが八卦掌の最大流派の基本型として採用されている技だけのことはある(斜め後退スライド撤退戦対敵身法で用いている人はほとんど見たことはないが)。

その用法、その理に気づいてからも、変わらず練習をし続けていると、翻身拍打の動作の存在意義と練習する意義には、もっと大事なものがあると気づいた。

それは、八卦掌で使う急速な対敵行動の仕方のヒントとしての意義と、それを補う「身体軸」の開発練習法としての意義である。

八卦掌水式門(以下「弊門」)で指導しているスタイルは、対多人数を想定した、徹底した移動遊撃戦である。

移動遊撃戦の渦中たるや、「身体流れ」の横振り慣性のオンパレードである。ほとんどの人は、この過酷な慣性の壁の手前で挫折をしてしまう。

この壁を越えるのに、特別な身体能力は必要ない。やはりただただ、単換掌理の後退スライドの身法を、ショウ泥滑歩の中でも実行できるようになるまで繰り返すことだ。

そして、単換掌理による旋回・後退スライドの際、「翻身発力(ほんしんはつりょく)」という、身体展開の発力をもって、身体をコントロールしている。身をひるがえし、身体を(最小限の範囲内で)開き、その開いた勢いにより、行きたい方向へと身体を移動させる発力だ。

単換掌理の身法を外から見ていて、そこに翻身発力の存在を見いだすのは初心者や門外漢には困難だ。長い練習の果てに、単換掌理の後退スライドに、翻身発力が大きくかかわっていることを知る。

清王朝末期頃スタイル八卦掌の三大身法である、斜進翻身法・外転翻身法・内転翻身法は、それぞれが、メインで使用する発力がある。斜進翻身法は遊歩発力、外転翻身法は扣擺発力・内転翻身法は、翻身発力だ。

他の発力と比べて、翻身発力はやりにくい。遊歩発力は、スライド移動の流れの中で行うため、理解しやすい。扣擺発力も、外転翻身(敵に背を一瞬向けて転身する身法)のダイナミックな流れの中で、最初から思い切り練習できる。

内転翻身は、例えば、順勢掌理による平穿掌や双按連穿、遊歩連穿などの技の直後に、翻身拍打などの身を翻す動作を課すことで、身体流れの慣性の中で鍛えらえ、動作が洗練され、うまくなっていく。

しかし身体流れの慣性は、先ほども言ったように、想像以上に我にのしかかる。これを克服するのは容易ではない。ここは地道に、練習を繰り返すしかないのだ。

その地道なくり返しの中での、理解の指針となるのが、単招式「翻身拍打」である。型として決められているので、これをひたすら繰り返し、時に対人想定練習において、電信柱やサンドバックを相手に、一人戦ってみるといいだろう。

通り抜け直後の翻身拍打にて、敵と貼りつき・並走していくのを実行するには、繰り返すしかない。通り抜け直後、身体をコントロールするには、物理の法則に勝つ必要がある。物理の法則を克服する方法として、人間には、「慣れ」る方法が与えられている。

上級者向けだ、武術は一人で練習しても強くならない、そのやり方は私たちのやり方ではない、真伝から外れている、などのどうでも取るに足らないいちゃもんに目もくれず、圧倒的に繰り返せ。

呆れるくらい繰り返し、壁を乗り越え、何気なく身体コントールができている自分に気づいた時、周りの雑音なんぞ意味もないものであったと気づく。こんなどうでもいいもののために、挫折なんかしなくて本当によかった。つくづくそう思う。

翻身拍打に興味があるならば、今度上げる動画で、とにかくまねてみるといい。変なクセがつく?大丈夫、そんな簡単にクセなんてつかない。頭で考えず、実行せよ。その先に未来が待っている。

そしてわからなかったら、近くの先生の門を叩けばよい。それだけのことである。今は日本各地に、私を含め、八卦掌のマスターがたくさんいるのだから。

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順勢掌理を成功させるための無意識レベルでの技術習得

順勢掌理の対敵身法に沿った単招式の解説をし始めた。

「順勢掌理」?八卦掌家でも聞いたことがない言葉だろう。名称はどうでもいい取るに足らないことだが、ここで少し説明をする。

力がぶつからない、後方スライド撤退戦の術理(単換掌理)を、移動遊撃戦時前方向に現れた敵に応用する術理である。

梁派では、「老八掌」という、代表的な8つの技で構成された基本型(原点型)が伝わっている。後方スライド撤退戦術理は、単換掌で習うから、「単換掌理(単換掌で習う術理、の略称)」、前敵スライド離脱攻撃術理は、順勢掌で習うから、「順勢掌理(順勢掌で登場する単換掌理の派生術理、の略称)」としている。

※私の習った梁派は、近代スタイルゆえ、老八掌でも、前に出る力がぶつかる技術体系が元になっている。清王朝末期頃の八卦掌は、この術理・体系であったことは考えにくい。よって水式門では、全老八掌の型を、単換掌理・順勢掌理の術理で構成しなおして指導している。

順勢掌理には、敵を横切りながら攻撃するだけではなく、敵にぶつかってしまった際も、敵の身体に触れつつスライドして技を打つ間合い自らを作って、すかさず打ちながら離脱・・・という使用例も含まれる。

実は、この技術までできてこそ、順勢掌理の対敵身法をマスターしたことになる。

この技術は、ぶつかった瞬間考えていたら間に合わない。ぶつかった瞬間、身体が無意識に、敵の身体と接触しながらスライドし間合い作成動作を開始しなければ、空いた間合いを作ることもできないし、結果として、ぶつかったままの状態で力に勝る敵の攻撃を受けてつぶされることになる。

つまり、順勢掌理も無意識レベルの技術なのである。

双按連穿を見てみればわかるが、通り過ぎる一瞬の間に、敵に当たりやすいと工夫された順序で、2回の「按」と2回の「穿」が立て続けに行われる。少し画質の低い動画で見たら、その動き・順序など分からないほど、瞬間の無意識レベルの動作でなのである。

順勢掌理に基づく双按連穿では、最初はあまり歩かない「基本型」で練習するが、技の順序を覚えたら、すぐに歩きながら打つ練習を始める。初心者であるとかは関係ない。

八卦掌は移動しながら打ち、守る拳法である。移動スタイルを徹底的に貫いた拳法である。

そのような拳法が、止まって打つ練習に必要以上に時間を費やしているのは効率が悪い。

他の拳法をおもんばかって、もしくは体力のなさを言い訳にして、いつまでも歩き打ち・ショウ泥滑歩打ちの練習に取り組まないならば、実戦で使うレベルまで上げることはできない。

順勢掌理でこのようにスライド離脱にこだわる理由は、ただ「勢(せい)を維持することで、四方八方にいる敵に捕捉されず、かつ、勢を利用して敵に我の攻撃を当たりやすくする」ためである。

そして・・・勢を保つことの最大の理由。それは、相対する複数人の敵に、「気が抜けない」状態を作り出し、「守るべき人」に手を出させないことである。

気が抜けなければ、複数人の敵は、八卦掌家が必死で守っている「守るべき人(敵にとっては、襲う予定の人)」に手を出すことができない。

勢があると、縦横無尽に動き回る八卦掌家の攻撃が、いつ自分に向かってくるかわからない。その状況下で、八卦掌家が必死で守っている人に手を出すことは危険である。襲った瞬間、電撃攻撃が容赦なく自分に向けられるからである。

そして、守るべき人に魔の手が伸びそうになった瞬間、急速旋回にて近づき、襲おうとした敵の断絶急所を後方(側面)から正確に射抜くのも、やはり無意識レベルでの作業となる。

私が、対人練習よりも、実際に打つことができる目標物を使った「対人想定練習」に明け暮れたのも、そのためである。

弊門の動画を見ていただくとわかるが、接近時、トップスピードで近づき、もしくは身体バランスをわざと崩した状態で近づき、その状態で命中させる練習を繰り返している。

対人練習は、練習相手の都合もあるため、多くできない。ジム等に通っている人でも、プロでもない限りそれほど組手練習はしない(やらせてもらえないし、相手もそれほどやりたがらない)。

しかし対人想定練習であれば、やる気さえあれば、いつでも、どこでも、何回でもできる。

もしあなたが、対人練習の時間を持つことができず劣等感にさいなまれているなら、順勢掌理の対敵身法による単招式の対人想定練習を、何百回も、何千回も繰り返せ。

そこまでやり込むと、あなたの技術は無意識レベルとなり、対人練習ができなかったことなどまったく関係がないくらい、技が洗練され、身体が勝手に動き、あなたの放つ突きが敵の断絶急所に命中することになるだろう。

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リアル護身を実現する「悟り」の心境とは

以前法律関係の仕事をしていたが、債権回収(未払賃金)で、何度も、リアルに護身が必要な場面に出くわしたことがある。

残念ながら、穏便な支払請求でも、(債権者であるにもかかわらず)危険な思いをすることがある。

昨今の企業窓口担当者は、考えられないくらい「開き直る」一線が低い。ちょっとでも気にくわないと、自分に非があっても、すぐにくってかかる。

突然悪口雑言の嵐となり、一切聞く耳をもたない。その会社の窓口にいること、そして、その態度が、信用の城を一気に灰にしてしまうことなど、お構いなしに(だから人を雇用するのは怖い)。

その開き直りの修羅場で、何度も、「てめえの家はどこだ(いい大人が本当にこのように発言するのだから驚愕である)」などという言葉を浴びせられたことがある。つまり家に押しかけるぞ、という脅しである。

しかし害悪を加える直接的な言葉は発しないため、警察も動くことはない

大事なのは、「動けない」のではなく「動かない」のだ。動いてあげたい、という気持ちがほぼ無いのである(ここが、警察が被害を未然に防ぐことができない最大のポイント)。

インターネットでは、あらゆる事例の中で、「警察を呼んでください」というコメントを見る。明らかにあしらわれる場面の相談の事例でも、である。

私がまだ、警察に期待を抱いていたころ、相手方に請求をしたところ、家に押し掛けるぞ、住所を言え、てめえの家に行って、望みをかなえてやる、とすごまれ、電話を切った後、ひたすら電話を変え続けられたことがある。

その電話の合間を縫って、110番通報をしたら、「悪いけど、動けないんですわ」と明るく言われ、「○○へ電話して。えっ、わからないの?自分で調べてね」と対応されたことがある。

ひっきりなしに電話がかかってくる状況で、そんな悠長なことはできない、と懇願しても、ちょっとごめんね、大人の対応をしてね、と言って、一方的に切られた。愕然とした。その時、はっきりと思い出した

あの時も、倒れた自分を先生がつかみ上げ、頬に平手をくらわしてきたことを。おんなじだ

まっとうに生きていても、平凡と生きていても、そして・・・・自分に非がなくとも、心無い人間にかかると、一気に窮地に立たされ、かつ、誰も助けてくれないことを。

護身術は必要か?

本当に必要である。いつ何時、上の事例のような事態が起こるかわからない。どこに開き直る人間がいるかわからない。

こういう人間は、反社会的組織のなかにいるだけではない。名の通った会社の、しかるべき地位にいる人間の中にも当たり前に生息している。だから怖い。そして、だから護身の術というのは、誰にでも必要となりうる技術なのだ。

いざという時、警察に通報するのはまず考えつく当然の対応である。しかし、通報できないときもある。

いや、むしろ、通報できないケースの方が圧倒的に多い。私の実戦経験でも、通報できた事例は、一切なかった。電話を持っていないとき、不意を突かれた時など、警察に首尾よく通報できないのは、容易に想像がつくだろう。

自分の身は、自分で守るしかない。先ほども言ったが、人は(状況的にも立場的にも)守ってくれない。これは当たり前である。皆、誰かが襲われていたら、遠巻きに囲んで、見ているだけである(最悪の場合、スマホで撮影してる連中もいる)

護身力を磨く際、技術を磨くだけでは不十分である。最も大切なのは、いつでも、対応できる準備をしておく。

この、「いつでも対応できる準備をしておく」姿勢に向き合い続けることこそが、題目の『リアル護身を実現する「悟り」の心境とは』を知るために直結する。

すこし例をとって話してみよう。

昔の武士は、刀をいつでも抜くことができるように、あのように腰に差し、そして、腰に差した状態から相手を斬り、自分を守るための技術を磨いた。昔日の武士の習得した剣術は、徹底的に実戦を想定した武術である。

スターウォーズを見たことがあるだろうか。ジェダイの騎士は、マントをまくってフォースでライトセーバーを手に寄せ、すぐに刃を出す。その合理的な動きは、日本の剣術をも参考にした動きならではである。

私が鴛鴦鉞をほとんど練習しないのは、そのためである。あの武器の形状は、特に、対人では大きな効果を発揮する。

鴛鴦鉞も、PPC素材の製品が販売されている。私も持っている。銃刀法にも引っかからないと書いてある(現実は、警察に見つかると厄介なことになる)が、あれを持ち歩くことはしない。

持ち歩かない=いつでも使うことができる道具でない=実戦はいつどこで訪れるかわからない=その時(実戦)に役立たたない

ということになるから、練習しないのである。

自分が練習するのは、護身を第一に考えて、一に短棒術(30センチ~90センチ)、二に、双短棒(30センチ程度の短棒の両手持ち)、そして三に、200センチ程度の長棒術だ。

これなら、そこらにある、傘、木、工事用停止棒、のぼり、水筒などを使って、その技術を活かすことができる。

水式門の四大習得武器が、単短棒・双短棒・90センチ棒・200センチ棒なのは、そのためである。そしてこれらは、清王朝末期頃の八卦掌の主要武器でもあった、双匕首・90センチ程度の柳葉刀、双身槍の動きそのものなのである。

よく制服で練習している門下生のイラストを見かけるはずだ。

あの子は、実戦のことを考えて、週に2回ほど、制服で練習していた。

「最も外で来てる服がこれだから、これで練習するのは理にかなってるでしょ」と言い始めてから、ずっとそのスタイルで練習をしてきた(着物を着る機会があった際、それで練習しようとした際はさすがに止めたが)

実戦練習のイメージ

少し例が長くなったが、身を守ることの準備とは、一瞬で訪れる実戦に、対応できる準備(無意識レベルで動くことができるほどの技術の習得、身体の一部ともなりうるレベルの道具の操法の習得、練習した道具をいつ何時でもすぐに使うことができるための準備)である。

そこまで練習したものは、どうしようもない状況での最後の切り札となる。

最後の切り札を構築しつつ、未然に危険を防ぐための、危険回避能力、受けたダメージを受け入れながら対応する能力を養なっていく。、

つい最近も、家に行く、住所を教えろ、お前は俺が怖いのか?とすごまれた。

住所を教えて、「来るなら来てみろ」は、護身的には最悪の対応である。そんなので撃退しても、ともすればケンカとしてしか見てくれず、危険のみならず、傷害罪で逮捕されかねない。

すぐに警察に相談し、記録に残し、バックボーンを構築する(動いてくれることは期待しない)。

住所を教えないのは当然の対応である。教えてしまったならば、家族を避難させる。しばらく全員で避難する。

自分ひとりだけならば、常に家に入る時、気を付ける。そして、実際に相手がやってきたら、即警察官に来てもらう。それが一番である。

そして、警察に連絡できないとき、はじめて、ひたすら練習していきた技術に、命運を託す。ここでやっと、あれだけ積み重ねた練習が活きてくるのだ。

私は・・・・・その時にために、その時、自分と、大切な人を守るために、ずっと練習をしてきている。

護身術が、いかに、お手軽なものでないかはわかっていただけただろう。そこまで覚悟を決め、練習を重ねているから、脅しに遭っても、すべき日常を送ることができる。

これこそが、一線を越した境地である。おおげさでもない。この心境に達した時、ふっと心が下に落ちる気持ちがした。いつでも準備ができている。大丈夫。きっと守る。そのようにゆるぎない心で言い切ることができる。

皆も、もっともっと練習を重ね、いい意味での覚悟が出来る境地を、目指して欲しい。キレイに鮮やかに勝つ必要なんてない、自分を守り、大切な人を守り、生存できればいいのだから。

八卦掌水式門富山本科イメージ

昔日スタイルは、指導者としての奮闘の中で確立した

私は、師から指導を受けている最中「八卦掌は対多人数専門の武術」と言われ続けて練習してきた。

しかし師匠から、具体的な対多人数戦身法や、戦法を教えてもらったことはない。

自分で考え、自分で試し、自分で確立する。これが中国拳法の学習方法だと、ずっと思い込んでいたくらいだ(しかしその多くは当たっている)。

具体的な技法を教えてもらってない。斜進法による横撃攻撃。敵の側面を通り過ぎる際の軌道の種類。そして、歩きながら攻撃をするから、敵の前で止まるな。当たらなくても次に行け。手を出すだけでいい、動きを止めることができればいい。

おおまかに言ったら、この程度である。

そしてインターネットの動画にも、八卦掌家が多人数想定練習をしているものすら見たことがない(これは、手の内を見せたくない武術家という気質なので、当然のこと。私もそうである)。

指導許可を得たあたりから、自信をもったが、同時に、前敵に変化攻撃で対処するスタイルに疑問を強く感じるようになった。先生から示したもらった技法は、本当に対多人数戦のものなのだろうか?

これでは、多人数相手だったら、後ろの敵に捕まってしまう。

前敵にこんなに時間をかけていたら、後ろから来る敵の動かぬ的となってしまう。

当たらなければ次に行け、が実践できなかった。当たらなければ次に行け、は分かったが、それを実行できない。前敵に攻撃したら、どうしてもそこで敵とぶつかり、捕まってしまう。

そもそも、前敵とぶつかると、体力が続かない、これでは1分ともたない。多人数相手は、現実問題として、持久力が必ず必要となるからだ

余談であるが、走りながら歩く歩法(ショウ泥滑歩)で練習する動画をアップすると、必ず登録者が減る。八母掌・老八掌のような速度で対敵できると信じている、実際の戦闘未経験者らしき人から、批判をされたこともある。

持久力を養う面のある弊門八卦掌に拒絶反応を示す人間の多くは、苦しい持久力養成練習に目をつむり、そして受け入れない。

しかし持久戦である以上、走り込む(歩き込む)練習は避けて通ることができない。弊門では、下盤走圏ではなく、ショウ泥滑歩にて、下半身の筋肉を鍛える。

代継をし、掌継人となった掌継人門下生は、その点を理解し、自分のペースでゆっくりと、現実的な問題に向き合い、砂浜で歩くなど負担を無くしつつ工夫をして練習をし続けて、動くことができるようになったのだ。

話を戻す。指導許可を得たあたりは、疑問の大きさが最も顕著だった。あの時、いじめから同級生を守るために練習をし始めてすぐ、「これなら弱きものでもいける」と思った直感から、どんどん外れる違和感だった。

単換掌一つをとっても、敵とぶつかりそこで勢いも体力もなくなるため、この身体さばきでは弱者使用の前提からしたら、間違っているのではないか?弱者が使用するならば、単換掌は厳しいのではないか、弱者にとって厳しい技術体系を董海川先生は伝えたのか?・・・と自問自答していた

つまり私の修行は、指導許可を得る前後からが本当のクライマックスとなったのだ。

力と力がぶつかることに対する疑問は、現行の八卦掌が持つ敵前変則攻防スタイルの原則を大きく変える原動力となった。加えて、私が特定流派の八卦掌とたもとを分かつ原因となってしまった。

ある団体の長から、流派を名乗るなら実力を見せてみろ、という、私では考えられない態度を取られたことがあった。その言葉を聞いた時、伝統に固執する人間の料簡の面積の度合いに嫌な気持ちになり、かつ、家元気取り的な言動に呆れた。

しかしその呆れた気持ちを感じるとともに、そこまで流派の伝統を重んじていない自分にも気づいた。

その指導長の下に行き、弟子入りして再度修行し直し、お墨付きを得よ。そうすれば流派の名前を掲げ、流派の内容で堂々とやっていける、というものだった。表向きは「私のため」であるる。しかし実際は、そうではないこともわかっていた。

今更そのような無理難題に頭を下げることになる道に、心が動くはずもない。

団体の長のようなエリート街道ではないが、私自身、10代初期からずっと、暴力によってねじふせられた辛い記憶を乗り越えるべくひたむきに取り組んできた。ここで、立場や知名度によってマヒした態度に屈するなど考えられなかった。

すでに私の元には、私の目指す方向を信じてずっとそばに居て、修行している門弟がいた。まっさきに彼女らのことを考えたのだ。そして、指導許可を与えたのに突然そのような条件を一方的に付したことに対する疑問にも、目をつむることはできなかった。

流れが提示されてからすぐさま、再度弟子入りの話は、断った。昔日スタイルに気づき、40年近い練習のすえ確立しつつある「弱者使用前提」の体系が確立されていく中で、そのような人間の組織に入り、今更スタイルが違うところに、流派継承の肩書きだけのためだけに、遠隔地に通うことなど何の価値も感じなかったのだ。

そのようなことに時間と金を使うくらいなら、愛知にてひたすら練習し、もしくは自分の気づいたこのスタイルを打ち出して指導展開のための行動した方が奮い立つと思った。そしてその考えは、やはり当たっていた。

確立作業の中では、実に多くのことに気づくこととなった。

定式八掌における「定式~転掌」の動作を見れば、八卦掌成立当時のスタイルが、おのずと分かった。定式八掌だけは、その姿勢が八卦掌各流派ごとでほぼ同じであるため、昔からあったことが分かる。

※逆に、八母掌・老八掌などは、各流派ごとで内容が異なっているため、2代目以降で確立されたことが分かる。

老八掌・八母掌は、攻防を知るうえでのヒントとなる。しかしその内容は、もはや近代戦のもの(対一人敵前変化攻防)であるため、完全に昔日スタイルに流用できない。昔日スタイルに変えるためには、指導者レベルの人間による咀嚼が必要となろう。

弊門の指導では、基本姿勢・対敵走圏をした後は、斜め後方スライド技法を徹底的に学ぶ。それだけで、ゆうに一年は過ぎる。そこまで練習しても、なかなかうまくいかない。簡単ではないのだ。

私が最近、講習会を開かなくなったのはそのせいである。講習会では、多くの参加者が、シンプルすぎる単換掌理に失望し、勝手に八卦掌を見限ぎる。できもしないのに。それが残念であり、時に悔しかった。

やはり真に護身に向きあう、弊門の技法を信じた門弟に、伝えたい、と思った。

その技法は、他の歴代拳士と同じく、八卦掌をマスターした者が研鑽のすえ、たどりついた「真実」。もうすぐ八卦掌を練習しはじめて40年がたつが、その過程で得た技法に、なんらゆるぎはない。

私がたどりついた「真実」は、近代スタイルから昔日スタイルへの回帰であった。「ここから先」は、私の後に続く門弟が、拓いていくものだ。私は、昔日スタイルを伝えるために、この人生の残りを使うことにした。

「今度こそ、どんな人でも誰かを守ることができるような強さを」と考え、練習し、昔日スタイルに気づき、再びかたちにするまでに、40年、あまりに時間がかかり過ぎてしまったよ。そして、いまだほとんど伝えてない。40年近い前の、あの時の出来事を、この世に、変えられないならせめて良い影響として及ぼしたいのに、及ぼしていない、ごめんね。

真に護身を考えている者よ。弱者が強者から生存する道にロマンを感じる者よ、来たれ。

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順勢掌理対敵身法は、大切な人を護衛するために必須の術理

順勢掌理(じゅんせいしょうり)。

単換掌理(たんかんしょうり)の斜め後方スライド虚打離脱の術理を、前敵に活かした、電撃攻撃の「護衛」技となる。

「護衛技」?護身技じゃなくて?

実は順勢掌理の対敵身法を用いる最大の狙いが、「大切な人に手出しさせない」ことにあるからだ。

単換掌理対敵身法で、敵の攻撃を避け、常に離脱し続けることは、「生存」を図るうえで欠かすことのできない必須技術である。

単換掌理におけるいくつかの転掌動作は、武器術にそのまま使用できる、シンプルで考え抜かれた転身戦法となる。

しかし、単換掌理によって逃げ打ちをしているだけだと、相手は「逃げるのは素早いけど、襲ってこない奴」と考え、別の考えを持ち始める。

そうである、守るべき人に手をだそうとする。襲ってこない、こいつは逃げているだけだから、こいつが守ろうとしている人間に手を出しても大丈夫だ、と考える。

そこで順勢掌理対敵身法によって、敵に「思いがけず襲ってくる危険」性を感じさせる必要がある。

順勢掌理対敵身法によるスライド離脱による圧力で敵に警戒させ、かつ対応せざるを得ない状況を作り出せば、そうはいかない。

つまり順勢掌理対敵身法による攻撃は、「気を付けてないと、突然向かってきて攻撃される」という警戒感を与えることができ、敵の注意をこちらの向けさせることができる。

敵の注意がこちらに向いていれば、敵が大切な守るべき人に手出しすることはない(する隙がない)。

昔日スタイルの八卦掌の「護衛」とは、このような考え方である。悪い言い方をすれば、「おとり」となるのだ。きわめて悲愴感の伴った戦法である。

では、単換掌理対敵身法をメインとして、そこに時折、順勢掌理対敵身法による攻撃をおり交ぜることによって大切な人を守る方法を少し具体的に説明しよう。

単換掌理対敵身法で交わしつつ、何度も後退スライドしているうちに、ベストな位置にいる前敵に電撃攻撃で急襲し、油断させない。敵は常に我の電撃急襲に備える必要があるため、守るべき人に手を出すゆとりがない。

※前敵攻撃のさい、自分の進む方向から大きく旋回しないと届かない相手には、攻撃してはならない。旋回こそ、対多人数移動遊撃戦渦中において、もっとも体力と気力を奪い去るものだからだ。

生存して敵を急襲の脅威にさらし続ければ、敵は大切な人に手を出すことができない。つまり、「生存」して立っている⇒プレッシャーを与える⇒「守る・護衛」なのである。

プレッシャーを与えるためには、「引き込み」戦術よりも「斬り込み」戦術の方が効果的である。ゆえに、昔日の創始者(伝・董海川先生)は、単換掌理と順勢掌理の二つにたどり着いたのだろう。

正直、ある程度技術が上がれば、個人の護身でいうならば、単換掌理対敵身法だけで十分なのだ。不意に敵が正面に現れようとも、単換掌理に基づいた転身技法だけでかわすことは十分可能となる。

弊門に所属する女性門弟は、その点を逆手に取り、体力を使う攻撃をせず、逃げに徹して、自身の体力と現実的に向き合っている。※転掌を徹底的に磨いているため、離脱時の圧力で、後方敵への威嚇はしっかりと行っている。

しかし、対多人数・第三者護衛を本格的に考えている人ならば、そこにもう一つの術理「順勢掌理対敵身法」を積極的に加えていきたい

順勢掌理対敵身法は、前敵に対する身法なので、先生に教わった後は、目標物を使って想定的を作り、間合いなどの習得を目指して打ち込み練習ができる。それは大いに魅力的である。

弊門ホームぺージ中、八卦武器術の八卦双短棒の五型・いじめ護身部における八卦掌・単招式は、みな順勢掌理対敵身法に基づいた技法となる。

出来ることなら指導者に付いて欲しいが、もしあなたが「昔日スタイル八卦掌の何かを練習したい」と願うならば、それらの技法が、順勢掌理対敵身法に基づいたスライド離脱術理をもとにしていることを意識して練習してほしい。

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最低3連・目標5連・究極10連~対一人で必ず当てるために

八卦掌水式門で指導する八卦掌の中核技法は、単換掌で学ぶ術理「単換掌理(たんかんしょうり)」である。

単換掌理は、後敵対応の技法であり、力と力がぶつからないための、弱者のための術理である。これができないと、昔日の八卦掌の提唱する、弱者生存は実現できない。

八卦掌は対多人数移動遊撃戦である。遊撃戦の渦中では、対敵のパターンはこちらの想像を超えるのが常だ。後敵だけで済むものではない。前敵に対する攻防も考えておかなければならない。

しかし前敵に対して、一般の拳法のごとくまっすぐ入り身をして攻撃したのでは、まともに力がぶつかり、勢をそがれ、移動速度が遅くなり、体力を奪われ、前敵のみならず後ろから迫っている敵にも捕捉される。

よって単換掌理からの派生術理として、前敵に対するスライド離脱攻撃が考えられた。これを弊門では、「順勢掌理(じゅんせいしょうり)」と呼んでいる。

名前はどうでもいいのだが、少し言及する。順(じゅん)とは、逆らわないこと。となると、順勢掌とは、勢(せい)に逆らわない技となる。順勢掌の名付け親の意図もくんで、ではないが、我々も、移動遊撃戦を乗り切るため、この名の通り、勢に逆らわない身法でもって前敵に対することにしよう。

私が自身の拳法スタイルを確立するうえで、極真空手の拳士の方のアドバイスは、極めて大きな転機となった。

対多人数移動遊撃戦の技術が確立されてきた際、当然想定される、対一人眼前攻防になった際の攻防が乱れる事態が生じた。

長いこと、近代スタイルに取り組んできたが、対多人数移動遊撃戦身法を、激烈に繰り返したことによって、身体推進力が大幅にあがり、敵の側面にとどまることができなくなった。

そこで基本に立ち返り、清朝末期頃スタイル八卦掌の三身法のうちの一つ、内転翻身法を磨いて、敵側面から、移動推進力によって弾かれない技術を磨きなおした。

敵側面にとどまるスキルを磨いていく際、敵側面にとどまってどれくらい圧力をかければ、敵にダメージや圧力をかけることができるかの疑問が生じた。この疑問は、眼前攻防専修時代であっても明確に把握してなかった。

その時である。極真拳士の方からアドバイスをいただいたのは。五連続攻撃まですると、手技で防御する敵になら、攻撃を当てることができる、と教えていただいたのだ。

このアドバイスは、大きな目安となった。五連続攻撃という目安があるならば、それを実行し得る技術を磨けばよい。

最初は、三連続攻撃あたりで、移動推進力に負けて敵側面から弾き飛ばされた。

内転翻身法の技術、そして斜め後方スライドの運足技法の円滑化、定式八掌身法の無意識化によって、五連続までの滞在が可能となった。

しかしこれは、あくまで攻撃をしてこないスポンジ支柱の横での話。実際の敵は、当然に動き、攻撃し、防御する。よって、自分は、10連続攻撃をやり通すノルマを課した。

回数を増やそうとすると、大きな問題が生じる。回数を稼ぐために、移動しなくなるのだ。それでは八卦掌ではない。

一箇所にとどまって攻撃をすれば、前敵の攻撃をまともに受ける可能性が生じ、かつスライド離脱攻撃ができなくなる。

私は、対一人攻防の技術を、対多人数移動遊撃の渦中でも活かすことを考えていたため、とにかく移動しながら打つことにこだわっていた。

結局、アドバイスを受けてから、そのアドバイスを活かして技法が展開できるようになるまで、1年と半年近い時間がかかった。

拳士の方に報告した際、とても嬉しそうに対応していただいた。私は、真摯にアドバイスをしてくれた方に、その技法をマスターして示すことが、最大の恩返しであると考えている。

このブログは、その拳士の方も見ておられる。今日は、10連攻撃の動画をもって、ささやかな成果報告をしたい。あの節は、本当にありがとうございました。

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目的は単換掌理「引き込み、虚打、転戦」を実行し生存する事

2023年4月16日・4月30日に愛知県刈谷市で行われる『強者に圧倒されない護身術に変える「生存」のための八卦掌「単換掌理」講座』講習会

講習でテーマとして採りあげる「単換掌理(たんかんしょうり)」は、八卦掌の真髄と私は確信しています。八卦掌は弱者が強者から生存し、己を守り、大切な人を守るための武術。己を守り、大切な人を守るための具体的な方法が「単換掌理」なのです。

私は学生時代の経験から、強者に打ち勝つための技術をひたすら求めてきました。しかし技術が上がるほどに性別・筋力・年齢あなどの身体的要素の脅威に打ちのめされてきました。

八卦掌は宦官の作った拳法(伝)。「私にはしょせん無理か。体格がよければ、運が悪かった、で終わってしまうのか」と挫折をしていた時、教えていた練習相手(女性)のスタイルから、ハッとしました。

「だって、どうせ前に進んで攻撃したって、私の攻撃なんて弾かれるだけでしょ?」

そういって老僧托鉢を繰り出す時、思い切り下がる少女。そういえば、もう一人の生徒さんも、同じことをいっておられた。気づかなかった。

これか!私はずっと、近世八卦掌の、猛然と前に出て、磨きぬいた巧みな技で圧倒するエリートスタイルに、出来もしないのに囚われていた。

八卦掌のエッセンス(真髄)と言える戦闘スタイル。「追撃してくる敵を間合いを保ち流し引き込みながら、不意に攻撃しつつ入り身、一気に身を翻し転戦離脱」。八卦掌では、この攻防を無意識でできるようになるために、全ての練習法が組み立てられ、そして帰結しています。

※転戦離脱時に前に現れた敵を斜進攻撃で引きつつ斬り込み攻撃するのは、単換掌理の派生性掌理である「順勢掌理(じゅんせいしょうり)」。単換掌理を理解すると順勢掌理も理解できる。

たったそれだけのものであるが、「追撃してくる敵を流し引き込みながら、不意に攻撃、一気に転戦離脱」の中に、弱者が強者に圧倒されないための工夫が、ふんだんに盛り込まれています。

八卦掌の練習目的は、この流れを実現するために考え抜かれた「工夫」を、どんな状況下でも実行できるようにすること。

圧倒的に多い独りでの想定練習と、想定練習におけるイメージを補うためのわずかな対人練習の組み合わせで、練習をする、と言ってもいい拳法。

このシンプルな流れの中にある、強者に負けないための工夫と練習法を、一人でも多くの、立場の不利な、でも自分を守り、大切な人を守りたい、と願う優しい人に確実に伝える。その一環として、今後も、「単換掌理」にからむ講習会は、人が来なくなっても開いていきます。

難しい技法は、やはり誰でもできるものではない。でも、水式門でとりあげる「単換掌理」ならば、練習を積み重ねれば、誰でもできる。内容は「え?これだけなの?」というもの。

上の動画中で、走圏で回っている最中に、後退しながら打つ、動作がある。ここが一番大切。これにたどり着くまでに、多くの失敗を繰り返してきた。

敵が向かってきたら、そのまま思い切り後退(もしくは横)スライドして、敵と離れながら、我の射程内に入る直前に、けん制攻撃(虚打)を放って、転戦、後方の敵に電撃攻撃をしていく。それだけ。

もちろん、練習が必要です。何度も何度も練習する必要があります。練習しないと、後方スライドができないし、そもそも歩きながら虚打を放つこともできない。

しかし後方スライドのおかげで、そもそも敵の攻撃はとどかない。届いたとしてもかする程度。自分の攻撃も届かない?届かなくていい。届いてしまうような、猛然と残酷に突っ込んでくる敵にだけ当たればいい。それ以外の敵に当てるために、あなたが危険な領域にとどまる必要はない。

生存こそが大事。立っていれば、守ることができる。

プロイセン総参謀長、モルトケは言った。「目的はパリ、目標はフランス軍」。わが軍がパリに進撃すれば、その過程で必然とフランス防衛軍がやってきて決戦となる。

少し意味は違うが、自分が立っていれば、生存していれば、敵は守るべき人ではなく、必然的に自分を攻撃してくる。獲物を確実に得るために、邪魔な存在である自分を排除するため攻撃をしかけてくる。

そして自分は、事前に鍛えぬいた八卦掌の両掌理で、徹底的に逃げまくって翻弄し、時に斬り込んで電撃戦を展開し、思うようにさせない。てこずらせる。そのうちに、助けが来る。相手を倒していない。でも、相手の意図が打ち砕かれた。

これだ!これしかない!10分もてばいい。

それを実現するための方法こそ、「単換掌理」。これから、解説ページ、動画、講習会、色んな場で伝えていきます。一人で練習する人も、昔単換掌を習った経験はあるがどう使っていいかわからない人も、そして今まさに習っている人も、是非見てほしい。そして実行してほしい。

八卦掌が、護身の切り札に変わることを実感できるはず。単純だけど、極めて実用的。いざという時に、自分と大切な人の命運を託すことができるようになるため、今すぐ練習しよう。

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