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おとりになって守るべき人を守る、身分制社会の護衛護身武術

以前、「八卦掌は、自らが囮(おとり)となって一定時間護身し続け、大切な人を守る護衛武術」と触れたことがあった。

成立に関わる話ゆえ、拳法を修行するうえで大して重要でないと思われがちである。しかし私は、このことに気づいたことで、成立当時の原初八卦掌(以下「清朝末式八卦掌」と呼ぶ)の戦闘スタイルの根本に気づいた。

なぜなら、「護衛武術」という前提で、技術体系が組まれているからである。

もともと「護身術」ではないのだ。ただ、護衛を果たす過程で、苛酷な状況下で一定時間護身して生存し続ける技法を採用したため、現代において護身術として成り立つのである。

創始者(伝・董海川先生)は宦官(かんがん)であった。宦官である以上、筋力は通常男性より劣る。よって自分は弱者であるが、王族を守らなければならない。

賊徒の襲来であれば、相手はおよそ多人数である(暗殺であれば単独もあるだろうが)。おそらく武器を持っている。襲いに来る以上、腕に自信のある強者である。その過酷な条件で、どのように守るか?

そこで、以下の点が挙げられたと考えられる。

  • (1)まず、全員倒すのは非現実的。自らが囮となり逃げまくり(かわしまくり)、時間稼ぎをして、味方の援護を待つ。移動遊撃戦の採用。
  • (2)かわし続けるための方法を考える。敵の方向に自ら向かって、やり過ごすのではなく、敵の居ない方向へ向かって、近づいてきた敵を流す。この際の対処法が、転掌式。斜め後方スライド撤退戦の対敵身法とする。
  • (3)敵にとって我が「獲物を蹂躙するためには、まず倒さなければならない脅威」であり続けるために、敵を油断させず我に注意を引かせ続けるための、前敵に対する電撃奇襲攻撃を行う。

(1)対多人数に対処する原則として、徹底して移動し続ける「移動遊撃戦」を採用し、その戦法をもとに技術体系を作る。

まず大きな戦闘スタイルを決定する必要がある。自分弱者、対多人数、対武器である以上、敵とまともに向き合っていたら、たちどころに倒されてしまう。倒されたら、その後、守るべき人が命を奪われたり、蹂躙されてしまう。

よって、弱者が苛酷な状況をやり過ごすためには、一定時間移動し続け翻弄し、自分以外の味方の支援を待つ方法が有効だと考えれる。

やり過ごすことが前提のため、倒す技術よりも、移動しながらかわし続ける技術が必要だと、ここではっきりさせたのだ。ここではっきりと戦法を絞ったから、走圏や後退スライドの技法が生まれたのである。

(2)移動遊撃戦を実現するために、近づく敵を認識しながら敵の居ない方向へ移動し続ける技術(走圏)と、いない方向へ移動している最中に寄ってきた敵に対処する技術(後退スライドによる転掌式)を開発し、中核とする。

敵と向き合って構え、スキを見てそこを攻撃する、敵の攻撃を防ぐ、返す・・・この従来のスタイルでは、対多人数は戦うことができない。

一人の敵に時間がかかりすぎるため、後ろから来る敵に、ほとんど対応できない。

そこで、一瞬で一人の敵に対処する方法が考えられた。前方向に進み続けたら、前から向かってくる敵の力とぶつかる。あくまで、敵から逃げながら、敵の力に抗せずに受け流しつつ攻撃する「撤退戦」となった。

敵を後ろに置きながら進み続け、我の視界に入ってくる敵に、サッと手を出して、肩を入れながら攻撃し、去る・・・この一連の動きは、まさに『走圏~単換掌』なのである。

走圏は、内功を練るのではない。まっすぐ顔を前に向け、ショウ泥法で、高速で、進み続けるための練習法である。単換掌は、その状態の中、視界に入ってきた敵に対応するための最も基本的な動きなのだ。だからエッセンスなのである。

この「単換掌の術理・単換掌理」を理解している修行者はほぼいない。この記事を見た未来の天才の君は、是非とも頭に入れておいて欲しい。

(3)守るべきを人にうかつに手を出させないために、すべての敵の注意を我に引き寄せる前敵スライド攻撃を確立する

後退スライド対敵身法は、我の護身として大変有効である。しかし、勘のいい敵なら、「こいつは逃げてるだけ、攻撃してこない」と気づく。

そうすると、一部の人間に常に追わせ、一部の人間を守るべき人に差し向けてくる可能性が生じる。

そこで電撃戦が考えらえた。後退スライドで対処し、その先に敵がいるならば、スライド回避しながら、少しでも敵の力とぶつからない状態で逃げ打ちをするのだ。

そうすると、敵は常に我を見ている必要がある。まず護衛者たる我を倒す必要があるため、そこで意識が守るべき人から我に向いて、囮となり得るのである。

電撃奇襲戦を達成するためには、戦いの最中、ずっと「勢」が維持されていなければならない。清末八卦掌が、蹴り技を行わないことは、以前にも触れた。動きが止まるから。横歩きで逃げないのは、前に進んで移動するより勢がないため、攻撃が脅威とならないから。

護衛の観点からも、勢の保持は生命線なのである。

・・・・(1)・(2)・(3)の解説でお分かりのように、清朝末期成立当時の八卦掌には、明確な想定使用状況が見える。

想定使用状況から考えると、現在伝わっている、なんらか意味の分かりにくい練習方法も、その狙いがはっきりとわかるのだ。

最後に意味のある重要な余談をしたい。

自らが犠牲になって・・・という行為は、支配階級たる満州民族王族への崇拝が絶対であった中国では、しっかりと成り立つ。「人のために死ぬなんて・・・」と切り捨てられないのだ。それに見合った見返りがあったのだ。

自分が死んでも、あとに残された家族へは、栄誉と称賛が与えられる。もっと言えば、称賛することを、征服王朝政府である清王朝によって強制された。満州王族のために死んだ人間に、無条件の称賛があたえられることで、間接的に満州民族の高貴さ・貴さが庶民に示されたのである。

栄誉・称賛与えられることは、身分の低い人間には、大変意味のあることだった。遺された家族が、生活の保障と尊敬を得られる可能性もあるからだ。北方民族間では、功績のあった者に十分な恩賞を与えることは、己のステータスを示す最も有効な手段の一つだった。清朝を打ち立てた満州民族たるツングース系女真族も、そんな北方民族の一つ。王族の威信にかけて、功労者には、宦官であるを問わず、大きな栄誉が施された。

このことは、身分の低い人間には、大きなチャンス・転機となりうる。董海川先生も、後宮(粛王府)への奉仕前は謎だらけであった。単なる庶民であり、何も記録もされない、その他大勢のうちの一人であったはずだ。

「太平天国軍の間者(すぱい)だったから」とか、「大切な人を清朝王族に奪われたからその復讐のために宮中に入り込んだから身を隠していた」と、記録のないことについていろいろな説・作り話がある。

しかし多くの場合、記録がない人間とは、身分が低かったからだけである。董海川先生も、そのうちの一人であった。ましてや、当時蔑視の対象であった宦官である。たまたま、自らが確立した八卦掌という武術が王族に認められたため、その後の記録がなされるようになっただけだと思われる。

本人の努力、幸運から、八卦掌は世に広まった。

その奇跡的な幸運は、高貴な人たる王族を守ることに焦点をあてた技術体系づくりから招かれた。その点から、私は、董海川先生が、宮中に入った理由が「立身出世」だったと感じる。

王族に認められる可能性を生じさせる技術体系づくり。そこに一抹の野心を感じるのだ。

上掲イラストは、八卦掌を修めた一人の宦官が、日頃身分の低い宦官たる己に温かい気遣いをしてくれる女性王族のために、命を賭けて戦う決意をする場面を描いたもの。

弊門三番弟子でイラスト作成協力者たる子が、私の八卦掌修行開始のきっかけを絡めて描いてくれた大切な一枚である。

武術の練習は地味で辛いことも多い。このような、心揺さぶる理由がなければ、続かないかもしれない。私自身、はじめたきっかけが強烈であったため、続けられた。

大切な人を守りたいから、という学習志望動機をもって弊門を訪れる人をひいき目に見てしまうのは、このためであろう。

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清朝末式八卦掌では、蹴り技を使う暇はないため練習しない

清朝末期成立当時のままの八卦掌(以下「清朝末式八卦掌」と呼ぶ)を、護身術的側面を一切変えないで使うならば、蹴り技を練習する必要ない。

なぜなら、蹴り技を出している暇が一切ないからである。脚は常に「勢(せい)を保った移動」という名の「防御」のために使うため、蹴り技を使う暇がない。

八卦掌で大事なことを一文字で示すならば、「勢」を私は迷うことなく選ぶ。

技法の要領がよくわからず、もしくは解釈につき、ふたつの分岐点がある場合、「どちらが勢を保つことができるだろうか」の視点は、大変役に立った。

近代から昔日への回帰と、失われた当時の練習方式をよみがえらすためには、毎日試行錯誤の繰り返しだった。昔東京のはずれで、若い中国人就労生の八卦掌の先生に習った、藤牌兵の戦場刀術(先生曰く「八卦の連身牌法・れんしんはいほうだ、とのこと。それが名前なのかは不明である」)と、「どちらの道を採るのが、勢を保つことができるだろうか」の視点、の二つは、疑問を解消し、清朝末期頃スタイルにたどり着くための、偉大な先生であった。

後退スライドの使用例を見ていただければわかる。とにかく「移動速度を下げないこと(勢を保つこと)によって敵との距離を保つ」観点から、移動を少しでも妨げるような技・動きはしない。

つまり、脚を止める類の動きは一切しない。蹴り技は、脚を止める類の動きに入るため、まず打つことはない。

通常蹴り技を放つ際は、身体を支える身体軸を、蹴る方の脚の反対側の脚で作ることになる。

身体軸を形成する際は、軸足として身体を支えるため、一時、敵の前面もしくは側面にて止まることになる。その瞬間だけ移動(=防御)ができないことを意味する。

清朝末式八卦掌では、「止まる=死」である。移動ができなくなり、敵にとって「動かぬ的(まと)」となってしまう。後方から迫る他の敵に捕捉され、囲まれ、多人数に押しつぶされてしまう。勢がなくなると、後方スライドから転身して反対方向へ進む際に目のまえに現れた敵に、電撃戦を仕掛けることができない。

このように、蹴り技を打つ時の少しの間であっても、多人数戦では我が追い詰められることにつながる。それくらい、多人数戦渦中におけるプレッシャーは激しい、少しの間で敵は我のすぐそばに迫るのである。

敵に連続攻撃を打つこと、敵に巧妙は技を仕掛けること(手足を取って脚を絡めて倒すetc)は、心がけて行わない。

よって、使わないように心がける対象となった「蹴り」技を、貴重な時間を使って練習する必要はない。

これは、清朝末式八卦掌をじっくり練習する時間・期間がある弊門の門下生でも同じこと。

そもそも護身を使う場面は、いつ来るかわからない。突然来る。「では、護身にとって重要な練習は、また来週に教える」といったその週の間に、必要となることもある。

よって、『最低限の時間で仕上げる「清朝末式八卦掌」女性護身術講座』では、短いページの中に、エッセンスのみを採りあげて掲載・指導している。出来る出来ない、よりも、まず知っておき、そのうえで少しでも練習し少しでも上達させる。その上達速度を速めるために、「最低限」にしているのだ。

「最低限」まで厳選する作業は、清朝末式八卦掌を極めた者にしかできない。『最低限の時間で仕上げる「清朝末式八卦掌」女性護身術講座』では、私(水野)が責任をもって厳選した。よって、蹴り技が一切入ってなくとも、安心して学習してほしい。

護身術の道を歩み始めたばかりの者にとって、弊門サイト上で示す最低限の護身術だけでも、練習するのは大変だろう。既存の八卦掌とは戦闘スタイルがまったく異なるため、不安もあるだろう。

愛知や富山の本科などであれば、定期的に動きをみてもらうことができるため、ベストである。

定期参加が難しいならば、講習会や護身術通信講座などを利用して学習してほしい。何も利用せず、ただサイト内の情報のみで練習するのは、八卦掌の先生に就いて習っている人でも大変である。日本国内の八卦掌道場は、ほぼすべてが近代スタイルのため、同じ八卦掌でも、使用前提の違う体系となっており、それが各技法の意味を根本から変えてしまっているからだ。

「八卦掌水式門で指導する八卦掌とは?」カテゴリー内の記事、もしくはいじめ護身部技術解説、女性護身術講座なども参考にし、あなたの就いている先生にも聞いてもらいたい。そのうえで、じっくりと取り組んで欲しい。

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成功法則「一万時間の法則」は、八卦掌達人への道そのもの

一万時間の法則。

おおざっぱに説明するならば、ある特定のスキル・技術の習得に向けた練習に一万時間を費やしたら、その道の達人になる、というもの。成功法則の一つである。

私は、この法則が大好きである。そして、自身が、あの頃描いた「八卦掌の達人」のレベルを超えることができたことから、この法則が「正しかった」と実感した。

※この法則は批判が多い。努力至上主義者のバカ覚えの一つの根拠だとか、だらだら長く行うことに意味はないとか、一部の批評家がよく自身ブログ・サイト上で批判している。批評家という人種は、いつの時代も行為者と対比される存在であり、行為者たる革新者の背中に唾を吐き続けてきた。私は「批評家」としての人生ほど、送りたくない人生はない。

一万時間を越えるためには、一日3時間の練習を、9年間続ければよいことになる。9年という時間を長いと感じるか、短いと感じるか。私は、「たった9年で達人になることができるのか」と嬉しく思った。

一万時間の法則は、先ほども触れたが、批判が多い。しかし、多くの人間が、特定の分野の特定の領域に、一万時間もかけていない。この法則を批判する人間のうち、どれだけの人間が、ある分野の特定の領域に、一万時間かけているのだろうか?

昔の仕事で、多くの弁護士と接する(戦う)機会があった。彼らは法律全般のプロと言われ、多くの番組でさもすべてを知っているかのようにコメントをしている。しかし、法律にも、そしてそれに付随するトラブルにも、色んな分野・ジャンルがある。

家庭裁判所がらみの訴訟でも、離婚・親権・財産分与・未成年者後見など、多くの分野がある。そして民事の弁護士であれば、物権や債権関連の訴訟もこなさなければならない。

それらに全部精通するのは大変難しい。日本においても、それらに関わる判例(裁判例)は膨大である。

彼らは、他の弁護士が書いた要約本を、訴訟や調停の前に集中的に読むことで、急場をしのいでいた。とても一万時間におよばない。それでも「弁護士」という名前だけで一般人は恐れ、不本意な要求を冷静さを欠く判断の中で飲まされるのである。

彼らは、しょせん付け焼刃のため、いくら学生時代飛びぬけて勉強ができたとしても、皆と同じ主張しかしない。とびぬけてないのである。多くの弁護士が、司法試験予備校におけるマニュアル要約本で合格してきた。受験長期化を望ましくないものとし、最短合格を売りにする予備校で。

私は、受験時代、ひたすら基本書を読み込み、法的思考法(とても大きく要約するなら、権利と権利間の調整の視点のこと)を身につけることを心掛けた。民法で言うなら我妻栄氏の民法。刑法で言うなら前田刑法。民事訴訟法なら、伊藤眞氏の民事訴訟法だ。

読みつくされ、受験特化書籍でないため敬遠される風潮にあったこれらの本からは、まさに昔日の忘れ去られた八卦掌の、飾り気のない、術理の本質を淡々と伝える姿が重なって見えた。これらの本は、八卦掌でいうなら、根幹の身法、八卦掌となる前の「転掌」である。

著書らの、その論点に達する思考過程を何度も追体験することで、切り口を変えて論ずることを要求される論文試験を乗り越えたのだ。何度も読み込むと、エッセンスが見えてくる。楽しくなってくるのだ。受験ジャーナルという司法試験受験誌に、論文試験の模擬問題があり、添削もしてくれるのだが、読み込み回数が20回を超えるあたりから、安定した成績を残すことができるようになってきた。

八卦掌も同じである。いつも同じ角度、おなじ技でくるわけではないのだ。

後で触れるが、一つのことに集中して打ち込むと、一万時間よりもかなり早い段階で、深い疑問に達する。深刻な伸び悩みの時期である。

先生や書籍の著者が触れているような、公開されている一般的な知識・ノウハウでは、おおよそ太刀打ちできない。それくらいの深刻な壁がたちはだかる。その壁をのり超えることができなければ、一万時間まで行かないのだ。

つまり・・・ただ単に、何も考えずに、根性だけで一万時間を迎えられるわけではないのだ。批評家の批評のほぼすべては、その点について触れていない。

この壁を乗り越えるには、その時間まで積み重ねたことによって得た、自分だけのノウハウだけが頼りとなる。自分だけの、誰の後押しもお墨付きもないノウハウのため、それを信じ抜くためには、大変な勇気と意志が必要となる。

これこそが、自身の「限界」なのである。それを突破することで、とてつもない飛躍となる。拳法で言ったら、悟りであろう。今でも覚えている最初の限界が、武器の壁であった。これを乗り越えて、大きな飛躍があったのだが、その後、八卦本門に入ると近代スタイルに触れ、また大きな、実はもっとも過酷な壁が来ることになった。

私は、近代スタイルで強者を打ち倒そうと練習に明け暮れていた。仕事以外の時間を、すべて練習に充てていたこともあった。家内らが、心配するくらいに。

私にとってのその限界を超えるために、あらゆる方法を試したのだが、倒すことはままならず、ふと、後ろに下がり続けることに素直な子らの行動を見て、思うところがあった。

「思うところ」の有効性を確かめるため、その時から再び6年以上、「思うところ」のスタイルを試した。ある時、既存の定式八掌の主要技が、後退スライドの技法であったことに気づいた。

その気づきにより、昔関東で中国人就労生から習った八卦刀術(単換刀)が、八卦掌の原型となっていることに気づき、単換刀の身法が、八卦掌の中核技法『斜め後方スライド対敵身法』の2大身法を含んでいることを確信したのだ。

つながった瞬間である。八卦掌の2大転掌式・単換掌と陰陽魚掌、そしてそれらから生み出された順勢掌の術理、八卦刀術。双身槍。

その時、すでに2万時間を超えていた。しかし、八卦本門に入ってからは一万時間くらい。

現在、自身の修行期間は35年を超え、きっと3万時間も超えているだろう。しかし、もはや、時間はどうでもいいくらいにまでなった。

何が重要かというと、一定の時間とにかく打ち込み続けることで、超えるべきものが見えてくる。限界突破である。そして超えるべきものが見える頃には、自分は、歩き始めの頃とは比べ物にならない遠くの場所へと来ているのである。ここまで来たから、限界が見えたのだ。

一万時間は嘘、とか、まやかしだ、とか、そんなくだらない批判なんて無視しておけばいい。まず歩け、まず動け。そして動き始めたら、とにかく続けることだ。なにもかんがえなくていいい、ただ続けるだけでいい。効率的な努力なんて、自分が経験し失敗を重ねた後でしかわからない

八卦掌みたいな拳法ほど、自分のオリジナルの気づきが頼りになるものはない。達人になるための、唯一のパスポートだ。○○先生の伝えた型なんかじゃない。自分の練習の果てに気づいた気づきこそが、悟りへと導く一筋の光なのだ。

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弱みを強みに。逆転発想の清朝末式八卦掌~女性の護身具携帯

女性は男性に比べて筋力等で、格闘の際に不利となる。

男性の力づくの攻撃に押し込まれる。護身の場でもそのようにとらえらえれる。そこを強みに変えることで、屈強な男性から生存する活路を見いだす。

女性=弱者=人を襲ったりしない=護身具の携帯に、寛容性が認められる(男性はほぼ認められない)。持つことに、一定の正当性が認められる。

身の危険を感じる事態が発生している女性、もしくは、仕事等で人気の居ない場所を歩くことが常態となっている女性は、護身具を持つことにしっかりとした理由があるのだ。

男性に、その正当性はほぼ認められない。

そこを優位と捉える。常に持ち歩く可能性ある道具と捉え、その使い方を事前に、徹底的に習得しておくのだ。『事前の準備』という最強のアドバンテージをもって、体格差・筋力差をしのぐのである。もっと分かりやすく言えば・・・

社会的に弱い立場=護身具を持つことに正当性が認められやすい=危険が予想される状況で護身具が携帯できる=危険時に持っている可能性の高い道具として、その使い方を事前に練習する目的意識が持て練習に身が入り上達する=有事の際に、練習を積み重ねて得た動きの洗練さというアドバンテージにより、筋力・体格をしのぐ優位さで対応できる

である。

持つべき護身具(持てる可能性のある護身具)を決めたら、その護身具を危険が降りかかることが予想される場合に携帯することを前提に、使いこなすための練習をひたすらに積み重ねるのだ。

護身具でなくてもよい。女性なら、傘を常に持ち歩くことができる。日傘だ。そして、肩が凝りやすいなら、どこでも背中部分まで押すことができる、すりこぎ棒のようなマッサージ棒を持つこともできる。男性は、そんな棒を持っているだけでも、職質の際、疑われたりする。

護身具携帯につなげるプロセスは、男性では難しいことが分かっていただけただろうか。護身具を持つことが基本的に許されないため、あてにできない。あてにできない護身具の練習に目的意識を持つことができないから、練習のモチベーションが上がらず、危機感すらもわかず、大して上達しないのである。

これまで述べたことは、まさに『逆転の発想』なのである。

社会一般的に弱者(暴漢等のターゲットとなりやすい立場)とみられることで、道具の携帯合法性が認められる余地が生じ、そこから携帯可能道具として使い方をマスターしようという意欲が湧き、上達につながる。そしてその上達が、我が身を屈強な暴漢から守るのである。

弱者だから強者の思うがままになる宿命、とあきらめるのではなく、弱者だから認められることに目を向け、そこから生じるメリットを最大限に伸ばし、他方向からの優位さで、強者の暴力に対抗するのである。

八卦掌の後退スライドは、まさにその逆転の発想のたまものなのだ。

強者に真っ向からぶつかっても、技術・筋力・体格差で勝てない=向かってきたら後ろに逃げる=敵は追っかけて攻撃しようとする=敵は追っかけて攻撃することに慣れていない=こちらは事前に後退しながら攻撃する練習をし尽している=強者が、追撃により息が上がり、追跡の慣性で身体を操作できなくなった時に打つ=距離が離れる=離脱する

大まかに言うとこのような感じである。

清朝末式八卦掌が、強者の追撃をかわし、生存を果たすために、ささいだけど重要な要訣(重要ポイント)がたくさん伝わっている。それを学習し、体得していくのが、清朝末式八卦掌の上達の過程なのだ

まず大きな全体像をつかむ。要訣を理解し、要所要所を洗練していく。あっけにとられるくらい単純でシンプルな所作で、瞬間的にあしらう。これは、他の拳法と同じである。

これだけなら八卦掌は、他の武術と変わらない。清末八卦掌が他の武術と大きく異なるのは、弱者であることに徹底的に開き直って必倒を捨て、生存を採ったこと。弱者という弱みを、開き直るいいきっかけにして開き直り、生存主体の体系に変えたこと。

そしてその開き直り、逆転の発想の典型例として挙げられるものの一つが、女性の護身具携帯なのである。

今一度、自分の置かれてる状況を考えて欲しい。あなたの『弱み』は何ですか?その弱みがあるがゆえに、あなたにだけ認められやすいものは何ですか?

「あなたの強みは何ですか?」の言葉は、至る所で聴かれるが、「あなたの弱みは何ですか?」は言われない。

この視点は、人生の各所においても、使ってみたい。もしかしたら、自分が常日頃から苦々しく思っていた「弱み」が、とんでもないアドバンテージを生み出すかもしれないのだ。

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初代へそ曲がり。2代目変わり者。変革者であれ!

変革者であれ!いつの時代も、ある一定の状態が続くと、ことの流れは停滞する。

停滞し、まどろむ流れを打ち砕くのは、いつの時代も、大勢や既存、定番にそぐわないへそ曲がりや変わり者である。

山田玲司氏は、その著書「非属の才能」の中で、大勢がはまる定番を「定置網」と表現した。目の前にある、「みんなやってること」に違和感を感じ、先生や上司からの「こうしなさい」に素直に従うことができないマインドを、「非属の才能」と評した。

であるならば、私は完全に非属である。

そもそも、この著書を読む前から、私は自分が「天才」であると自覚していた。

※天才=最強ではない。その辺、間違えないように。天才は最強である必要などない。最強に価値などない。いずれ取って変わられるもの。既存の群れによる同調圧力に屈しない、我が道を行くマインドこそが天才なのだ。

天才であると自覚する前は、先生や同級生、近所のおじさん、その他いろんな人に「なんで同じようにできないのか!」とイラつきまじりに言われたものだ。小さい頃は当然天才などと自覚してなかったので、自分はダメな子、自分はいけない子、自分はどんくさい子、と思って落ち込んでいた。

クラスの男子には馬鹿にされ、クラスの女子には嫌われ、小学校時代、友達なんてほとんどいなかった。遠足に行っても、誰とも過ごさない。これは友達がいないから仕方なく(実際にいなかったが)、したくもないことを、皆がしてるから参加する、というのが嫌だったので、遠足先の許された行動範囲の一番端っこで、一人ずっと、見知らぬ土地の景色を眺めていた。

小学校のころから、相当の、へそ曲がりだったのである。

小5の時、(おもちゃの)兵隊の絵を描く機会があった。自分は、当時日露戦争の戦術の研究していたため、日露戦争当時の日本陸軍の軍服のデザインで兵隊の絵を描いた。

渾身の出来栄えで、ほめられると思ったが、「これじゃない」「なにこれ」「知ってるからって見せつけか」とさんざんに言われたため、先生の前で怒って破り捨て、また余計に怒られた記憶がある。

見せつけたつもりなど一切ない。自分が知っているもの、自分のなじみのあるもの、自分が描きたいと思ったものを、素直に描いただけだ。自分に素直なのだ。

おもちゃの兵隊といって、皆同じようなものを描いていたが、私にとってはなじみの薄い、描いたこともないイギリス兵のような絵だった。だからなじみある、得意な日本陸軍兵士の軍服で描いたのだ。それが「特異」に映ったのだろう。

その天賦の才は、八卦掌においても、存分に活かされたようだ。八卦掌に価値を見出し、現行八卦掌が、八卦掌の昔の姿と違うことに、始めてから3か月足らずで気づいた。

今佐藤金兵衛先生の「中国拳法 八卦掌」を読んでも、どこにも、対多人数・対強者・弱者使用前提などと書いてない。それでも気づいたのだから、当時から相当天才だったのだろう。全く疑うこともなく、気づいた以後から、昔日スタイルに戻す旅が始まったのである。

私には、弱者使用前提・対多人数にこだわらなければならない理由があったため、ブレることは全くなかった。その目的を実現させるため、目指す職業・選ぶスポーツも定まった。

その理由で選ぶと、選ぶものも、いつも超少数派のものばかり。変人・水野と言われ続けた。本当の理由を言うはずもない。言ったところで「重い」とか言われるだけだったから、黙ってとにかく前進してきた。一番身近にいる家内だけは分かってくれたから、何ら問題もなかった。本当に恵まれていた。

既存のものに従い、進んできたら、きっと今と違った景色を見ていることだろう。皆と同じ景色を見て、流行りものをなんとなく試し、そしてすぐ飽き、また世間が用意したものをとりあえず試し、飽きて・・・と。

こだわったおかげで、この場所にたどり着いた。よく「後悔はない」というが、私は後悔だらけだった。これだけへそ曲がり人生を送っても、素直に手を出すことができなかったこともあったからだ。

「もっともっと、自分に正直になればよかった。」が正直な気持ちである。

私のもとには、多くの?2代目修行者がいる。水式門の八卦掌がまったく評価されない中、私の元に集った、変わり者たちである。

彼女彼らは、自分に正直で、外野の妨害など関係なく、練習場所にやってくる。〇〇先生直伝、などという言葉に流されず、己の判断を信じ、水式門にやってくるのだ。なんたる変わり者だ。だから2代目は「変わり者」なのだ。

しかし、既存に囚われない、己の目のみを信じる姿勢は、これから彼女彼らが取り組むものを、大いなる領域へと導くだろう。他人から習ったものを消化し、自分の価値を付加し、自分の領域へと進むことで、その人の真実が生まれる。まさに『達人』の領域である。

2代目が伝説の達人となるのは、そのためだ。今私の元にいる人間らは、伝説となる素養があるのだ。これからも、私の元にくる変わり者はいるだろう。彼らの会うのが楽しみで仕方ない。

批判したり、笑ったりする人間に接するとき、いつも思う。会ったことも技を見たこともない昔の達人の話のみで自分のやっていることを限定し、少しばかり生徒増やすために、その肩書めいたものを打ち出して枠組みに縛られる。

一度しかない自分の人生なのに、なぜ昔の、過ぎ去った人間のやり方に、自分を縛るのか?君は君だろう?君は君として、その人生を一回しか送ることができないのに。なぜ君の名で、世に名を通さないのか。

「自分のやり方を説いても、それが役に立たないものなら、自然と淘汰される」

そうだろうか?淘汰されてもいいじゃないか。世間が君のやり方を理解できなかっただけのことだ。ほとんどの人間は、定置網に引っかかった、既存の価値観の中でしかモノを選択できない凡人ばかりだ。天才の君が示した真実を理解できる可能性の方が低い。

見てみたまえ。ネットで「バズる」ものの内容を。暇つぶしにしかならない、その時の好奇心をみたすだけのものばかりだ。人に注目される=価値がある、では決してない。

くしゃみが2回だと笑われている・・・よくそんなことを言うが、私はいつもくしゃみが2回出る。そのたびごとに、「ああ、また笑われてるな」と思い嬉しくなる。

既存のものに囚われた凡人らに笑われることは、私の最大の栄誉だ。嬉しくてしょうがない。それだけ、私は独自の世界を進んでいるのだ。現状を打破する可能性のある道を、進んでいるのだ。

三十数年を経て、原初八卦掌の姿をやっと、世に問うことができた。原初八卦の姿を、もう少し鮮明にし、その技術スタイルで役に立ちながら、当スタイルをより進化させる。護身護衛のスタイルを、現代にしっかりマッチさせる作業が待っている。

原初スタイル八卦掌の本を書き、原初スタイルの優れた護身性能を存分に活かした、洗練された独習用護身術を創り(まだ洗練中なのだ)、それを全国有志が学ぶことができるようにして、大いに広める。

※あと・・・警備員らがあまりに運動不足で何も言えない事なかれ主義が多いので、警備員用の護身術も作りたいね。

さあ、ふたたび進むとしよう。いま私の元にいる変わり者(天才)らよ、そしてこれから私の元に来る変わり者らよ、遅れずついてこい。

変革者の旅は、これからもずっとずっと続いていくのだ。

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