八卦掌水式門代表・水野義人|プロフィールと八卦掌との出逢い、そして八卦掌水式門の紹介

(このページは、2024年5月3日に更新しました。)

代表・水野義人プロフィール~梁振圃伝八卦掌伝人の道をではなく、清朝末式八卦掌の道を選んだ理由

略歴(簡単なプロフィール)

八卦塾代表・水野義人の写真1
富山県・高岡市 雨晴海岸にて立山連峰を望む

10代なかごろ、佐藤金兵衛先生の「中国拳法 八卦掌」を地元の小さな本屋で見つけ、本の情報とカンフー映画(のちに『武林志』と知る)の動きを頼りに、独学で八卦掌を練習し始める。

楊先生
清朝末式八卦掌恩師・楊先生

28歳までは特定の先生のもとで習うことが無かったが、学生の頃、関東圏(東村山)のカンフー教室で八卦掌に取り組む。盾術などの変わった武器術も習うことができたため、突然先生が不在となり教室が閉鎖となるまで通い続けた。

※その時の思い出についてのブログ記事「清朝末式八卦掌恩師・楊先生」へ

教室閉鎖後は、自分が目指すスタイルを持つ八卦掌を習うため、習ったものを復習しながら八卦掌を教えている道場を見学する日々が続く。

29歳の時、馬傳旭先生拝師弟子の先生の道場があるこを知り、入門する。「八卦掌は対多人数戦専門の武術」と聞き、十数年の時を経て、初めて正式路線に沿って八卦掌を習い始めることになる。

会社におけるトラブルで、道場をいったん離れることを余儀なくされるが、その間も練習し、再び2012年に再師事する。梁派の「緊張の中に弛緩を見いだす」練習法の辛さで、フォームが崩れ、挫折しかえけるも、何とかもちこたえる(苦しい姿勢を長時間取らない水式門の指導方法に影響を与える)。

2019年に指導許可を得たので、公に生徒をとり指導活動をし始める。「八卦掌水式塾」と名づけ、地元情報紙に有料広告を出すなどして、指導活動を本格化。女性の生徒を主流として指導展開。

2021年12月、面識のない八卦掌教室の指導者より「実力を見せよ」と師づたいにもちかけられる。その直後、伝承者になるには、その指導者の許可が必要だと条件が付され、県外のその先生の道場へ行き再修業することを求められる。

清朝末式八卦掌の技法を信じて学ぶ弟子がすでに複数人居たこと、己のスタイルを確立していて力のぶつかる近代スタイル八卦掌の指導者のもとにわざわざ行く必要を感じなかったこと、面識のない人間にそのような発言をするその指導者の人間性に疑問を感じたことの理由で、それらの理由に触れず丁重にお断りする。

2022年1月、梁派伝承と異なることを理由にホームぺージの内容訂正を求められる。清朝末式八卦掌の指導をするにあたって、特定流派に所属することの息苦しさと無意味さを感じ、前人未踏の指導活動となることが予想される未来において足かせなることが懸念されたため、八卦掌の第6世であることを師に確認したうえで袂を分かち、清朝末式八卦掌伝習の道へと進む。

中国拳法八卦掌伝承系統図

梁派の道を選ばなかった理由。目指すスタイルではないと確信したから、転機を機に流派を離れた。

梁振圃伝八卦掌は、幾多の高手を生み出した著名流派です。梁派の伝人の肩書があれば、技術云々はさておき、それなりの信頼は得られるでしょう(日本の中国拳法愛好家は、やたら習った先生の名前にこだわるため)。

しかしその技法が、斜進変則技法を採れども、ある段階(主に攻撃段階で)で力のぶつかる技法となる、他の拳法と同じの「前敵攻防対応型拳法」であることは変わりません。つまりそれは、弱者使用前提の原則を離れているということです。

現在(私の修行当時)伝えられていた技法は、梁派老八掌を全て学び、会得し、長年取り組んだ者として言わせてもらえば、力がぶつかる体系が中核となっています。強者の圧力を制するために、大変高度な技法である、螺旋功や大きな力による発力(発勁)が必要となり、そのことが万人が学習し、かつ習得することを困難にしています。

果たして、どれほどの人間が、この難解な技法体系を実際の戦闘で出せるくらいまで会得した上で、指導する側に回っているのでしょうか。

私はこの技術体系では『八卦掌は弱者護身が実現できる護身術としても最適』などと大手をふって広告することはできません。近代八卦掌の斜進変則戦法は、一見弱者にとっかかりやすいように見えて、実は大変な努力を強いられる技術体系なのです。

以下で触れますが、『全国で、誰もが、自分をいじめや理不尽な暴力から守る技術を学習できる環境を作る』ことを目的としている私にとって、この技術体系は、技術習得の面からも、学習のしやすさの面からも適しないと映ったのです。

それゆえ、独学で始めて八卦掌が、弱者使用前提の対多人数想定武術であると気づいてからずっと、各地の教室を見学し、その技法を伝える道場を探していました。しかし、どこも近代スタイルの八卦掌ばかり。

その中で、私の八卦掌のメインの先生との巡り合わせが訪れました。その先生は『八卦掌は多人数戦専用の武術』と口癖のように言っていたため、ここならば対多人数の術理を学ぶことができると思い、通いました。しかしここでも、指導許可を得た後ですら、力がぶつかる対一人攻防の技術しか教えてもらえませんでした。

その中でも、清朝末式の確立に取り組んでいることは伏せ、多くのトライ(強い兄弟子に試す・バイト仲間とその友達らと、多人数戦おにごっこをする等)とエラーを重ねていました。

転機が来ます。清朝末式を確立した暁に「共に全国を回って技術の指導に向き合おう」と約束していた伴侶を病で失い、失意により師に事情を話して2か月ほど郷里にて休んでいた時、上述した梁派を離れる流れがふりかかってきたのです。

当時の私にとって、その流れは津波のごとく非情で冷酷なものでしたが、それゆえに流派に対する未練も完全になくなり、梁派そのものと袂を分かち、清朝末式八卦掌の道へと顔を向けることができたのです。

八卦掌と出逢いと、八卦掌を極める道を貫く理由

始まり。いじめを受け始めた同級生をかばうため、独学で「八卦掌」の道を歩き始めた

10代中ごろから八卦掌を始めました。当時は私の住んでいる街には八卦掌の道場などあるはずもなく、本を見ての独学でした。

それまでは少年野球をやっていて、親戚の伯父さんがたまにスキーに行くことを心底うらやましがっていた普通の少年でした。武術には全く興味がなく、ブルース・リーやジャッキー・チェンの映画も見た事がありませんでした。

中国拳法八卦掌と武林志

なぜそんな少年が、よりによって武術、そして空手とか少林寺拳法とかではなく、八卦掌などを始めたのか。

それは、突然いじめを受け始めた同級生を守るため、だった。いじめを加える集団には、ケンカ自慢もたくさんいた。当時の私は、本当に弱虫だったため、かばう際、何度も脅され、無力を感じてた。強くならなければ、きっと負ける。怖くてたまらなかったけど、その同級生を守ることで頭がいっぱいだった。

強くなるには、何かしらの武道を習わなければ・・・。しかし家の近くにある武道の道場はすべて、以前から他の同級生らが通っていたため、ここで入門したら、もっと標的にされる、と当時の私は考えたのですね。

そこで思い浮かんだのが、カンフー(中国拳法)だったのです。以前本屋で、中国拳法の紹介本を見たことがあったので、そのような本を買って一人練習すれば・・・と実に素直に考えたのです。

思い切って名古屋まで行き、大きな本屋をまわったが空手関連の本しかなく、仕方なくそれを買って帰ってきました(この本は後に一人用法を研究する際、大変役立った)。しばらくしてふと思い出し、地元の小さな書店に行ったら、なんとそこに「中国拳法 八卦掌」が在庫で置いてあったため、即座に買いました。

数日間ひとりで練習していたら、ふと、以前映画好きの伯父さんの家で見たカンフー映画の動きに似ていることに気づき、即座に伯父さんの家に行き、ダビングによって画質の悪くなったそのVHSを借りて、動きを参考にして練習し始めました。題名は書いてなく、伯父さんも映画の名前を知らなかったのです(のちに八卦掌の先生の何気ない紹介で『武林志』と知ることになる)。

人生を変える結末。最初がいきなり「多人数戦」となってしまった。敗北し守ることができなかった

対多人数移動遊撃戦にこだわること、そして大切な人を守ることにこだわる理由を説明するには、この出来事が原因であり避けては通ることができないため、少し触れていきます(詳説できず申し訳ございません)。

かばい続ける中で、私はどんどん目立ち標的となり、ついに直接対決となりました。きっかけは、眼の前で行われた同級生に対する辛辣な嫌がらせでした。激高し突撃をし、その日は取っ組み合いの最中に先生が来たため終わりました。しかし次の日も再び辛辣な嫌がらせが繰り返されたため、それに憤激し再度乱闘となりました。

練習してきたことは、今思えば、役に立ちませんでした(本の内容は短期速習であるはずがないため、間に合わなかった)。しかし戦う勇気は湧いてきて、殴られてもなんとか立っていたのです。しかし相手は体格が私より大きな複数人の男子同級生。眼の前の男子と組み合っている時、突然後方から椅子で殴打され、そこで倒れ込んだところを自在ほうきの柄でめった突きされ、終わりました。

その瞬間以後から、同級生に対するいじめが急速にエスカレートし、陰湿な中傷が行われれるようになりました。エスカレートするいじめを止めることができず、同級生は不登校となり、学校に来ることは二度とありませんでした。

底からの決意。心を閉ざした中から生まれた「今度こそ守りぬく」という目的

この出来事は、私の信頼していた人に話したことを最後に、誰にも話すことができなくなりました。辛くて打ち明けたら、激しく批判されてしまったからです。10代少年の私にとってその批判は大変辛いもので、以後、「とんでもないことをしてしまった」という罪の意識と、批判されることに対する恐怖で、誰にも話すことが出来なくなりました。

数年後、同級生の親族より、かばって事態が悪化した結果を恨んでなかったことや、味方になってくれたことを感謝していた事実を知らされ、激しく落ち込み、後悔しました。その時ではもう、取返しがつきませんでした。

自信を失い、卑屈になり、自分を卑下して人との関係を保ち、自分の意見を言わず、人の目ばかりを気にしておどおどしていていました。大切な人を守るために拳法を、なんてことは誰にも言わず、ひっそり練習しながら世間に認められやすい路線に無理やり己の夢を変化させ人に話し、そして失敗ばかりを繰り返し。

そんな中でも、練習だけは止めませんでした。拳法を取り組むこと自体を否定し、攻撃してくる外部の圧力には必死に抵抗してきました。八卦掌だけは自分の最後の砦だったから。

滑走音あり。白馬岩岳にて。

同級生のお姉さんの「拳法もいいけど、自分の好きなこともした方がいい」との勧めで、小学生の頃からやってみたかったスキーを始めたのも、このころです。小さい頃に経験があったのですが、本格的にしてみたいと思い、取り組んだのです。八卦掌が持久力の拳法だと分かった後だったので、アルペンではなく、クロスカントリースキ-を選びました。

この決断は、周りを大いに驚かせました。私の周りの親類などは、「なぜあれなの?」「おっさんくさい」と言って笑ったのですが、当然本当の理由は言いませんでした。ただ持久力をつけたかった。拳法ばかりの生活の気分転換になる・・・そう思って、冬の間は特に力を入れて滑っていました。

「長野オリンピックで、クロスカントリースキーがカッコよかったから」などと、適当な理由を言って流し、八卦掌の持久力向上のため、黙々と取り組みました。

必死の抵抗をし続けながら時を重ねていると、きっかけごとにで自分の実力が自然と積みあがっていることに気づきます。その気づきの複数回の繰り返しが、同級生に「守る」と宣言した記憶を思い出させ、「誰かにとって大切な人、今度こそ守り切ってみせる」という決意へと導いたのです。

その決意は、指導する可能性が生まれてきた時から、「『弱者のための武術・八卦掌』を少しでも多くの人に伝え、優しい人が大切な人や自分を守ることができるようになる道を拓く」という、より大きな目的へと変わっていきました。

代表にとってとても大事な「八卦掌水式門」という名前の由来

人に教えられるようなった時、その時が来たら、拳法をはじめた理由と、門の名前の由来を公にしようと決めていました。とても勇気の要ることでしたが、いじめで苦しんでいるみんなに、包み隠さず話すことで、私のいじめ護身部に対する真剣さを知ってもらって励みにしてもらいたいと思ったため、公開を決断しました。

「八卦掌水式門」で指導する八卦掌は、弱者使用前提・対多人数移動遊撃戦・武器操法重視という独特の特徴があります。これは他の道場では指導していない当門独自の指導内容であるため、『だから「水野式」ゆえに「八卦掌水式門」なのだろう』と考えます。しかし独自のコンセプトであることとは何ら関係がありません。

清朝末期頃成立当時の八卦掌は対多人数を想定し徹底した移動遊撃戦で戦う拳法だった。当門の八卦掌はその特徴をひたすら追い求めているだけ。

前述した、守ることができなかった同級生は私のことを昔から「水野式人(しきと)」とわざと呼んでいて、不登校となる前、私が拳法を始めたことを知ったら嬉しそうに「であるならば、将来道場開くの?開くなら名前は水式塾?水式館?・・・大きくなったら『水式門』だね」と笑顔で話してくれました。

八卦掌水式門の名前の由来

水の如くとか、水野独自の技術体系だから・・・ではないのです。弊門の八卦掌は、昔からある八卦掌であり、私の独自のコンセプトではありません。

同級生との忘れられない会話。もう40年近くも前の会話なのに、あの時の空気、笑顔、皆覚えています。門の名前の由来であり、拳法を始めて護衛者の気になっていた愚かな自分に対する一生の戒めの言葉となる会話であり、何より、これからの私を支える会話です。

同級生の言葉の通り、2019年の指導開始時は「八卦掌水式塾」として立ち上げ、2022年1月の進むべき道の決断に伴って公の場でも本格的に改称を発表し「八卦掌水式門」と名を改めました。清末のままの八卦掌が、日本全国に広まったら、必ず、最後の名前『八卦掌水式館』にします。

残された私に与えてくれた門名に恥じぬよう、生き切ってそちらに行った際同級生に胸を張って報告ができるよう、これからの指導人生では、打ち立てた志を実現するためにだけ前に進んでいきます。

スタートラインにつくまでに、35年もかかってしまいました。どうかもう少し、見ていてください。

八卦掌水式門の紹介~運営の想い・開門のきっかけ・来てほしい人

八卦掌水式門~どういう想いで運営しているのか

『弱者生存の理で貫かれた護衛護身術「八卦掌」を日本全国各所に広め、誰もが、大切な人・自分を守る技術を学ぶことができる環境を創る』

八卦掌水式門を運営するための原動力は、この想いからすべて湧き上がってきます。

弱者が強者の理不尽な暴力から身を守り、大切な人を守るためには、強者の眼前で戦うのではなく、徹底した移動遊撃戦でほんろうし、敵と力でぶつからない必要性があります。多人数が相手であれば、移動遊撃戦の重要性は極めて高まります。

遊撃戦を実現するためには、日頃から基礎的持久力を維持し、シンプルな技を無意識で行うことができるようになるまで繰り返し、かつ、身体流(しんたいながれ)の激しい横振りの慣性が働く対多人数戦の渦中において一定時間繰出し続ける事を可能にするために、息が上がった状態での練習もする必要があります。

平素の積み重ねがあるからはじめて「誰もが」大切な人を守り、自分を守ることができるようになります。遊撃戦の八卦掌では、日頃の積み重ね無しで生じる可能性はありません。

この、対多人数遊撃戦八卦掌の厳しい現実を知り、それでも習ってみたいと願う真剣な入門希望者のために、私は以下の約束事を自らに課し、水式門運営に向き合っていきます。

  • 毎日必ず八卦掌に取り組み、身体に八卦掌の動きがしみ込んだ状態を維持していくこと
  • 有酸素運動による基礎持久力の重要性を理解したうえで、それを維持するため食生活・基礎持久力維持に配慮すること
  • 八卦掌指導の看板を掲げる門の代表として、門下生に対し、八卦掌の術理に沿った技術のすべてを伝えること
  • 指導内容は、現実的実用性(誰でも行うことができる体系を維持する・修行期間がいたずらに長引かないようにする)を心掛けたものを提供し続けること

この約束事に加えて、私には修行期間中守ってきた下記の5つの気を付けること(五訓)があります。

  • 人におしつけず
  • 人を支配せず
  • 人をそしらず
  • 人を傷つけず
  • 人を護ることをあきらめず

約束事と五訓をもとに、門下生の方に一貫した姿勢で指導し続けることを宣誓した『八卦掌水式門指導方針』を打ち立てています。

決して楽ではない、苦しいことも多い「八卦掌」。しかし門を叩いて練習を重ねた門下生が「習っていて本当に良かった」と思うことができる瞬間のため、これからも以上の約束事を守り、あわせて門指導方針に沿って、運営に向き合っていきます。

水式門をひらきたいと思ったきっかけは

「誰かにとって大切な人を守る」。この言葉を毎日自分に言い聞かせて、後悔と自責の念で押しつぶされそうになった時も、なんとか上を向き練習し続けてきました。

しかしテレビや新聞を見れば、ほぼ毎日日本全国どこかしこで、理不尽な暴力によって泣いている人が出続けている事実を目の当たりにし、激しい無力感を感じていました。他人事とは到底考えられませんでした。

時を重ねるごとに『自分の周りだけで人を守るのでは、あまりに機会が少ない。これでは「練習をし続けた」という自己満足だけで終わってしまう』という焦りの気持ちを強く感じるようになってきました。

その焦りが、八卦掌の技術が高まり人に指導する立場になる過程で、「この技術を多くの人に伝えれば、その人が大切は人を守ることで、私の技術が人を守ることに役立つのでは」という考えをわき起こさたのです。

そして40年近く前の「人を守る必要性を感じた」時、私の周りに「人を守るための武術」を掲げる道場は存在しないがために、不安になりながら自分ひとりで練習をし続けた気持ちを思い出させたのです。

そこで『ならば私が「誰もが、大切な人・自分を守ることができる」八卦掌の技術を伝える場・機会を全国の有志のために創り、間接的に、大切な人を守ろう』という決意が生まれたのです。

この決意こそが、八卦掌水式門の全ての行動の出発点となっています。

どのような人たちと、どのような世界を作ることに貢献したいか

力による恐怖で理不尽な欲望・要求を押し通そうとする暴力に対し、憤りを感じ、そのような暴力から大切な人を守りたい、自分を守りたい、と願う思いやりのあふれる優しい人。

弊門の八卦掌の技術は、そのような人のために提供される技術です。

大切なものを守る決意をし、そのために日々自分のペースで功を積み重ね、「その時」には積み重ねた力で理不尽な暴力にきぜんと立ち向かう。これは行動指針をはるかに上回る「生きざま」であると思っています。そのような生きざまに価値を見いだせる人でないと、当門の理念は理解できないでしょう。

思いやりにもとづいて行動し、練習をし続けることが出来る人と、「誰もが、必要にかられ思い立った時に、大切な人を守る技術を学び、想いを遂げることができる」環境を創っていきたいと思います。

弊門では、その環境を実現するための大きな対策として、全国の支部で八卦掌の技術を伝える第七代目八卦掌門人を募集しています。もしあなたの中で弊門の理念に共感できる気持ちがあるならば、ぜひともお力をお貸しいただきたい。待っています。

※「全国の支部で八卦掌の技術を伝える第七代目八卦掌門人を募集」については、当サイトのブログ記事「全国各支部で後進門下生を指導する八卦掌第7代目門下生募集」もあわせてご覧ください。

弱者生存の護衛護身武術を極めたい方へ~清王朝末期頃のままの八卦掌「清朝末式八卦掌」を国内で唯一伝える水野先生の道場「八卦掌水式門」入門方法

1.八卦掌水式門~清朝末期成立当時の原初スタイル八卦掌「清朝末式八卦掌」を国内で唯一指導する稀代の八卦掌家・水野先生の道場

八卦掌水式門代表・水野の写真
八卦掌水式門代表・水野義人先生

八卦掌水式門で八卦掌第7世を掌継させていただいた、掌継人のsと申します(先生の指示で仮称とさせていただきます)。掌継門人の一人として、八卦掌水式門の紹介をしたいと思います。

石川県・遠隔地門下生

八卦掌水式門は、清朝末期成立当時のままの原初スタイルの八卦掌「清朝末式八卦掌」を国内で唯一伝える八卦掌専門道場です。「単換掌の術理(単換掌理)」による「弱者使用前提」・「生存第一」の技術体系からぶれず、成立当時の目的を一心に貫く伝統門です。

八卦掌第6世の水野先生の伝える八卦掌は、強者使用前提・対一人・対試合想定の近代格闘術的八卦掌が主流となっている現代において、対多人数移動遊撃戦による弱者使用前提の撤退戦を貫いた極めて異色の存在となっています。

先生の伝える八卦掌の最大の特徴は、「単換掌の術理(水式門で先生は、「単換掌理・たんかんしょうり」と略して指導しています)」に徹している点です。

「単換掌の術理」とは、敵と接触を極力さけ、敵の力とぶつからない斜め後方へスライド移動しながら対敵対応をする、「相手次第」を排し「自分次第」にシフトした術理です。

間合いを取り、敵と力がぶつからない場所へ移動しながら「去り打ち」することを正当な戦法としているため、女性やお子さん・お年を召した方にとって極めて現実的な護身術となっています(※よって水式門では、私を含め、女性の修了者さんが多いです)。

単換掌の術理を理解するには、修行の初期段階に、術理に熟練した指導者による対面での練習を通して対敵イメージをしっかりと構築することが必要不可欠、だと先生は言います。

『八卦掌は「勢(せい)」が命の武術。前に向かってひたすら進み続けることで勢を維持せよ。後ろ敵は勢があれば追いつけない。横敵には単換掌の術理・斜め後方スライドで対応せよ。電撃奇襲をすることで、守るべき人に手を出させない、囮(おとり)護衛による中国産護衛護身武術なんだ』は先生の「口癖」化した説明ですね。

相手の侵入してくる角度や強度、そして敵動作に対する自分の身体の使い方を、先生の技を受け、または先生を試し打ちをしながら自ら身体を動かして学んでいきます。 先生は、「私の技を受けるのが最も上達する近道となる。しっかりと見てイメージを作り、独り練習の際、そのイメージを真似するんだぞ。」と語り、常に相手になってくれます。 それは初心者には果たせない役割。水式門では、先生はいつでも技を示してくれます。相手もしてくれるし、新しい技を指導するとき、使い方もしっかりと見せてくれるから、一人の練習の時でも、イメージが残るのです。

よって最初から全く一人で行うことは、リアルな敵のイメージが分からない点から、大変難しいものとなります。この問題は、私がこの場で、先生の指導を受けたほうがといいと強くすすめる理由となっています。

私も石川県在住時は遠隔地門下生でした。先生が富山に来たときは、集中的に相手になってもらいました。石川県という遠くであっても、先生の教え方のおかげで、ブレずにここまで来ることができました。

単換掌の術理に基づいた弱者生存第一の八卦掌を指導する八卦掌の教室は、日本国内では水式門だけです(それか、公にしていません)。

弱者使用前提がゆえの現実的方法で自分を守る武術に興味がある方。力任せの攻撃にも負けない護身術や八卦掌を極めたいと思う方は、水式門の扉を叩いてください。水式門なら、弱者が生き残る可能性を生じさせる八卦掌中核技術を、明快に学ぶことができます

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2.八卦掌水式門は、仮入門制の有る純然たる「伝統門」道場

八卦掌水式門代表・水野の写真
八卦掌水式門代表・水野義人先生

八卦掌水式門は、代表である水野先生が、八卦掌第5世(梁派八卦掌第4世伝人)である師より指導許可を受けて門を開いた、純然たる「伝統門」です。それゆえ、入門資格を満たしているかを判断する仮入門制(仮入門期間中の人柄・態度を見て本入門を判断する制度)を、入門希望者すべての方に例外なく適用しています。もちろん私も仮入門期間を経て本入門しました。

水野先生が指導する八卦掌は、綺麗ごとのない護衛護身武術。一部に当然殺傷技法が伝えられ、昔の中国拳法と同じく実戦色が強い八卦掌。誰それ構わず指導することはいたしません。

特に先生は、拳法を始めた動機も真剣。他者への思いやりに欠ける人間に伝えてしまい、それで人が傷つけられてしまう事態を招くことを、心から心配しています。

よって各科に掲載された「入門資格」を満たした人間だと判断した場合にのみ、先生は本入門を認め、受け継いだ技法をお伝えしています。「八卦掌の伝統門として、門が負うべき当然の義務と配慮」。これも先生が常に話す口癖ですね。

水式門には『弱者生存の理で貫かれた護衛護身術「八卦掌」を日本全国各所に広め、誰もが、大切な人・自分を守る技術を学ぶことができる環境を創る』という揺るぎない理念があります。

先ほども触れたように、他者への思いやりに欠ける人間に伝えてしまうことは、技法が濫用され第三者が傷つく事態を招き、理念実現に真っ向から反する結果を生んでしまいます。

水野先生は、門入口を無条件に開放して指導し門を大きくすることより、たとえ仮入門制を設けて応募を敬遠されたとしても、他者への思いやりに欠ける人間に伝えてしまう事態を避けることを重視しています。

ここまで書くと、なかなか入ることのできない難しい道場だと思うかもしれませんが、そんなことはありません。仮入門制はありますが、一般的な常識と礼節、思いやりがあれば、心配する必要は全くありません

指導を受けてみれば分かるのですが、先生はいつも、門下生のことを考え、熱心に指導してくれ、怒鳴ったりもなく、笑顔です。安心してください(無礼な態度や乱暴なふるまいには、ベテラン・初心者関係なく厳しいですが)。

仮入門期間を経て本入門となった正式門下生には、「誰もが大切な人、自分を守ることができる清朝末式八卦掌」の全てを、丁寧に、熱心に、真剣に教えてくれます

迷ってるあなた。水式門には、積み重ねるならば、弱者と言われる者でも高みに達することができるシンプルで明快な技術体系があります。先生の温かく熱心な指導で、「守る」強さを手にしてみませんか。

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八卦掌水式門富山本科イメージ