八卦掌水式館で指導するのは、転掌(てんしょう)と八卦掌である。八卦掌には、名前がある。「転掌式八卦掌(清朝末式八卦掌)」だ。
名前なんてどうでもいい?いや、国内主流の近代スタイル八卦掌と同一視されると問題があるため、この名をつけた。それくらい、清朝末式八卦掌と近代スタイル八卦掌は、別物体系なのである。
程派、尹派、梁派・・・それら著名流派に加え、八卦掌にはたくさんの流派がある。
そもそも「派」とは「派生」や「枝分かれ」のニュアンスを含む。
だから私は、自分が指導する八卦掌に、「~派」という名称はつけない。原初スタイルゆえつけたくないし、そもそも、~派という名称の入り込む余地がない。
なぜなら、私のたどり着いた楊師伝の八卦掌は、原初のままの、枝分かれする前の八卦掌だからだ(原初と近代に優劣はない。スタイルの違いである)。厳密にいうと、「転掌」である。
「原初のやり方に忠実に従った原初のスタイルによる」の意味なら、「~式」こそがふさわしい。よって、清朝末式八卦掌・転掌式八卦掌と呼んでいるのである。私は、この呼び名を大変気に入っている(~派と呼ばれるのは、本当に嫌だった)。
この呼び名は、サイト上にて言うにとどめている。門弟にとって、このようなことはどうでもいいことだからだ。私に続く門弟は、各人思うように進むのがいい。
そもそも、弊門指導の八卦掌が、原初スタイルと言い切ることができるのはなぜか。
それはもちろん、楊師より「原初スタイル」だと聞いていたこともある。しかし何より、各流派に共通して残っていた型・姿勢から推しはかり、そのうえで、30年以上もかけて実戦・組手・単独練習の果てに確信したものだからだ。
他人の文献をを参考にしたからではない。現在の中国国内の著名先生の書籍にも、清朝末式八卦掌に関わる記述はまったくなかった。隠しているのか、それは分からない。しかし書いてないのは事実である。皆、敵に向かって積極的に攻防する八卦掌である。
拳法は、書物での伝習は難しいとされる。すべてを書物から、では確かに大変だ。しかし、究極の達人先生から教わらずとも、(指導許可を得るくらいの実力を持つ)先生から、動作の仕方・手順を教わりさえすれば、あとは、ひたすら繰り返すことで、技の術理も含め、すべてを君の身体が教えてくれる、のも実感している。
私たちの身体は、あまりにもすごい有機体である。科学の力をもってしても複製することなどできない、奇跡の物体である。
その奇跡の物体が、教えてくれたものだ。「このやり方・・・いいな」「やっとわかった、こういうことか!」突然感じるその悟り・サインこそ、真実が分かった時だ。そのサインを積み重ねていき、たどりついたのが、この清朝末式八卦掌。だから「確信」しているのである。
もちろん、いまだに謎の部分もある。しかしそれは、これからの研究の果てに、きっと明確にわかるもの(つまり、引き続き、死ぬまで、ずっとずっと追い求める、ということだ)だと確信している。
だから君は、師を選り好みする必要などないのだ。雑誌やyoutubeに出てくる先生だけが、先生じゃない。私は有名先生は意図的に避ける。なぜなら、どうせその先生から習うことはできないから。おおかた、その先生の弟子に習うのが関の山である。わたしなら、無名でも、独自のスタイルで教える先生がいい。何より生徒が少ないから、ほぼマンツーマンで習うことができる。そしてその先生は、そのスタイルのグランドマスターである。最も深く、その体系を理解している人だ。最高の先生である。
よく人は言う。原点回帰ですか?原理主義ですか?と。いいや、違う。「清朝末期頃のスタイル」にたどり着くのは、ゴールではない。通過点だ。
私は、もっともっと先を見据えている。しかし、ここまで時間がかかり過ぎてしまったのも、事実。大きな回り道ををした。その過程を含めると、ゆうに38年。試合想定・強者使用前提となり、本来の八卦掌が持っていた最大の特徴から離れてしまった現在主流の近代八卦掌からの離脱は、想像以上に大変であった。
習っていた近代梁派門を事実上追い出される形となり、当時は相当憤っていたが、考えようによっては、全く自由に行動できる、ということ。
事実、所属門を辞してからの技術の向上は、すさまじいものがあった。所属していた時は、梁派の技術体系に疑問を持ちながらも、それに追随する自分がいた。しかし今は、問題なく離れ、どんどん後退スライドし、縦横無尽に駆け巡っている。自在である。敵や固定観念にとらわれない、自在な動きを、転掌と転掌式八卦掌は与えてくれた。
練習の最中、敵前にとどまる練習を少しだけ行っている。その後、後退スライド術理に沿った清朝末式で練習をし始める時、いつも思う。「なんて自由に動くことができることか!」
以前の私は気づかないうちに、著名流派の形式主義に陥っていたらしい
近代スタイルでは、敵の力とぶつかるのを避けられない。どこかしこで必ず、敵の力と積極的に抗する場面がある。その抗する瞬間をやり過ごす技法が、あまりにも難しく、成功を妨げる。
やり過ごす技法を完璧にこなす人を、ほとんど見たことが無い。「相手次第」という極めて厳しい技術体系を克服するような技法は、相当習得が困難だ。私はとにかく練習したが、結局、勝ったり負けたりで、攻撃を受けることが絶対に許されない「護身術」として、教える自信を持つことができなかった。
※打ち合いや、打たれづよい体で対抗する発想は、試合想定の発想である。護身の場面では、攻撃されるは、斬られる、刺される、である。打ち合い前提の技術体系では、対応できない。
近代格闘術で護身をするには、膨大な対人練習(相手を必要とする練習)が必要となる。転掌式八卦掌は、最初こそ術理をマスターした人間の導入が必須であるが、その後は、対人想定練習(対人を想定した一人練習)でかなり上まで技術を上げることができる。しかし、近代における力とぶつかる瞬間を制する技術は、対人練習でないと独りよがりとなってしまう。
正直、近代八卦掌を練習している者の中で、対人練習を定期的に行えている人間はどれほどいるだろうか?私は、師の会に所属していた時、必ず、対人練習に積極的に挑んだ。
相手に圧倒されても、そこから得るもののために立ち上がって臨んだ。あれほど積極的に対人練習に挑んでいる人がどれくらい、近代八卦掌修行者にいるだろうか?八卦掌の経験者と手合わせをしたことは何度もあるが、対人練習をやり込んだと推定できる人に出会ったことが無い。
これでは力任せの攻撃をいなす技法は手にすることができない。「相手は体格がいいから仕方ないね」とよく耳にする!が、それは実戦では「死」もしくは「蹂躙」を意味する。私は学生時代、理不尽な暴力を押し通され、大切な人を失い、身をもって実戦での敗北の悲惨さを経験したから間違いない。
これからますます、転掌・転掌式八卦掌の指導を加速させていく。弱き者が立っているためには、このスタイルしかないと信じているからだ。
全く迷いがない。梁振圃伝八卦掌で指導許可を得た自分だが、指導許可をひっくり返された経緯があり、梁派に未練も湧かない。
個別指導科では、梁派近代八卦掌コースを新設している。しかし、当コースは仮入門制なしで教える(グループでの指導にも応じる)。仮入門制を採らないくらい、梁派の名にこだわってないということだ。(梁派近代八卦掌コースでは、それだけの履修修了で八卦掌第7代掌継人にはしない。護身や指導ができないからである)。そしてもう、このコースは、金沢移転とともに閉鎖した。

強者の力任せの攻撃に圧倒されているなら、弊館で転掌・清朝末式八卦掌を練習するといい。
女性に護身術は意味がない、と言われて行き詰っているなら、弊館のウーマン・ライト・ガード(女性警護人養成科)で、転掌・清朝末式八卦掌の術理を学ぶといい。
いじめで体格のいい複数人の同級生に、意に反する要求をのまされているならば、いじめ護身部の動画を参考に練習をし、通信講座を利用して学ぶといい。勇気を出した君を、私は真摯に指導する。
本当に身を守ることができる護身術を学びたいならば、君が・あなたが、よほど体格や筋力等で恵まれてない限り、力がぶつかるスタイルの格闘技をもとに作った護身術では、護身を果たすのは難しい。清朝末式八卦掌の弱者護衛術・弱者護身術そのものの技術体系を味わうといいだろう。
斜め後方スライドし、縦横無尽にかけめぐり、護身のみであれば、頃合いをみて、キロメートル単位で離脱しなさい。確実に護身を果たすことができる。既存武術のような小手先の手技で防御するな、清朝末式八卦掌の術理による、圧倒的な移動距離で防御せよ。
映画「グランドマスター」を見たことがあるか。あのスタイルは、攻撃時敵に向かっている。よって近代格闘術八卦掌である。転掌式をマスターすると、あの華麗な攻撃を、前に出て攻撃してくる敵と並走スライドしながら、行う。達人レベルになれば、あの映画のような攻防をすることができるのである。だから夢を持て。
趣味やファッションで護身術を学ぶなら、それはそれでいい。しかし、本当に護身が必要ならば、力がぶつかるスタイルは、対人練習環境が整っている道場でない限り、避けよ。
もし一人で練習するしかないなら、八卦掌水式館の入り口を叩いてほしい。転掌・清朝末式八卦掌の転掌術理を学びに来なさい。やる気のある者との出逢いを楽しみにしている。
