「後退スライド」移動し続けること=女性護身術最大の防御法

女性が屈強な男性の攻撃を防ぐために、清王朝末期頃成立当時の八卦掌は、極めて有効な防御法を示してくれた。

その防御法とは「移動」である。もっと具体的に言うならば、後方への移動である。弊門で「後退スライド」と呼んで指導している一大技法である。

清朝末式八卦掌の組手(実戦模擬練習である打ち合い練習)を清朝末式八卦掌のことを知らない門外漢(近代スタイル八卦掌修行者も含む)が見ると、「ただ逃げ回っている」ようにしか見えないだろう。しかし、ただ逃げ回っている、のではない。

清朝末式八卦掌は、移動することで、敵の攻撃を防いでいるのだ。「移動」には、単換掌の術理である後退スライドを含んだすべての移動方法(ウォーキングなど)が含まれる。

単換掌の術理から導き出された「後退スライド」対敵身法によって、敵中を、速度を落とさず移動し続けながら、攻撃を避け、敵の逆をつき、捕まらず駆け巡ることができる。

後退スライドは、八卦掌の歩法の名称を借りて言うならば、

「小さな擺歩(はいほ)→小さな扣歩(こうほ)→大きな擺歩→大きな扣歩(※直歩や大きな擺歩を持ちる場合もある)」の4つの歩で実行される。

このシンプルな運足技術によって、後方・側面から急速に接近してきた敵の追撃予定を狂わせ、時に、目の前に現れた敵の斜め前をスライドしながら移動逃げ打ちを展開する。

お気づきだろうか?先ほどから、私は足の使い方しか話していない。後退スライド防御法の説明をする際、必ずと言っていいほど、手技の技法解説を求められる。

「手は、後退スライドしながら、敵に向けて出すだけでいいよ。もし出すことができないなら、出さなくてもいいよ」

と答えるようにしている。

極端に言ってしまえば、手技の種類・出し方はどうでもいいのだ。それこそ、手を相手に向けて伸ばすだけでもいい。熟練者であれば、手すら出さず、後退スライド運足技術のみで、敵の追撃をすり抜け、移動し続けることができる。

なぜ手技で防御しないのか。それは

  • 「敵の力と正面からぶつかる」
  • 「敵と距離が近くなりすぎるから」
  • 「敵の力任せの攻撃に押し込まれる」

からである。

「敵の力と正面からぶつかる」ことは、なぜ手技防御を避ける理由となるのか

女性の筋力は、男性のそれより当然低い。これは紛れもない事実だ。だから、女性護身の際の敵(多くの場合男性となる)の力に、抗してはならない。

力と力がぶつかれば、当然、力の弱い者の方が不利である。そのような単純なことなのに、多くの護身術は、当たり前のように、敵の突き・蹴りを防ぐ技法を、時間をかけて指導する。

「敵と距離が近くなりすぎるから」は、手技防御が招く、最大の欠点である。

手技で防ぐことしか防御方法がないなら、当然、敵に向かい合って、敵の近くで、敵の出してくる攻撃を防がなければならない。「敵の攻撃を手で防ぐ=敵のすぐそばにとどまる」ということだ。

明確な攻撃意思をもった敵のそばに居続けることが、どれほど危険なことであるか、容易に想像できるだろう。

そばに居て手が届く攻撃対象者の、胸三寸で、事の帰趨が決せられる。近くに居続けることは、もっとも危険な行為なのである。

最後に、手技防御が「敵の力任せの攻撃に押し込まれる」理由を説明したい。

手技を練習し、手技をもって防御するためには、敵に対し、我の身体を正面きって向ける必要がある。その状況下で、首尾よく手技が成功し続け、その戦況にイラつき、敵が猛然と力に任せて突進してきたらどうするか。

体格と筋力にものを言わせて前に出てくる敵ほど、防ぐことの難しいものはない。猛然と突っ込んでくる敵を避けるには、急所に致命的な一撃をカウンターで打ち込むか、後方に逃げるしかない。

カウンターは、訓練を積んだボクサーでも難しい技法であるため、女性護身術技法としてアテにすることはできない。

であるならば、後方へ逃げるしかない。後方へ逃げるには、正面に向けた身体を、後方へ向け返して、そこから移動する必要がある。この「向け返して」が、時間がかかる。多くの人は、突進に身体が固まり「向け返し」すらできないか、向け返している間に、敵に捕捉され、蹂躙されてしまうのだ。

向け返しもせず、後ろ走りで下がる方法もある。しかしこれは、前に突っ込んでくる敵の速度に比して、圧倒的に遅い。たちどころに捕まってしまうだろう。後方へ逃げるなら、我の身体も完全に後方へ向け、わき目もふらず前に進む必要があるのだ。

※手技で防御するならば、敵に身体正面を向けざるを得ない。武術の中には、背中越しに構えるものもあるが、絶対少数である。そのようなマニアックな武術護身法は、当然、相当の経験を積んだ使い手のものである。

・・・・手技に頼って身体を守ることが、女性の護身術にとっていかに難しいものであるか、分かっていただけたと思う。

手技防御による護身は、不可能ではない。実際、多くの護身術道場は、その技法を指導している。このような道場を選ぶなら、とにかく通って、男性と組手・スパーリングをし、その中で手技防御技法を出来るようにする必要がある。

後退スライドを利用した清朝末式八卦掌の護身身法であれば、最初から後方へ我の身体を向けて対敵し、急速離脱しながらの撤退戦技法も事前に練習できているため、「移動+最悪の際の手技けん制」の二本立てで、その場からのスライド回避が可能となる。

※この動画には、解説音声があります。

最悪の際の「手技けん制」であることに注目してほしい。ここでも、けん制によって敵の接近を防ぐことを目指している。攻撃ではなく、けん制である。けん制とは、とにかく手を出すだけ、である。足を止めればいい。止めている間も、後退スライドで移動している我は、敵から距離をとることができる。

清朝末式八卦掌において、防御の90%以上が「移動」なのである。敵の手の届かない場所に身体を自在に「移動」させることができるならば、敵が武術の技法に優れていても、力が強大でも、関係ないことになる。

清朝末式八卦掌は、宦官(去勢された男子)によって考え抜かれ、体系化された対暴力生存技術なのである。

この稀有の技法を、ぜひ女性の皆さんに利用していただき、卑劣な暴力から身を守ってほしい。

八卦掌水式門富山本科イメージ

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