2024年6月16日の講習会を終えて、充実した気分でこの時を過ごしている。
講習会で心掛けていることは
- 練習することで積み重ねてきた己のノウハウのみで勝負すること
- 講習会では、必ず何かしらの成果を得て帰ってもらうこと
- 人が来なくても、全力を尽くして準備し、遂行すること
である。
本日は、清朝末式八卦掌の刀術たる「転掌刀」の主要型を伝授する講習会であったため、主要型たる「陰陽上斬刀」の型練習だけは、必ず伝えようと考えていた。
陰陽上斬刀を理解するためには、徒手における転掌式たる「陰陽魚掌」または八卦掌に大基本の一つ「双換掌」を理解してもらわなければならないため、そこに多くの時間を割いた。
本日は、参加者の方が、八卦掌の術理を再現することが上手だったため、陰陽魚掌ではなく、双換掌を指導した。
刀術講習会を開くに当たり、参加者さんが後日、なんらかの形で習った動作を復習する際のよりどころとなる場を作っておきたかった。そのため、八卦掌水式門の武器の解説のカテゴリーの中に、転掌刀術主要型の説明ページを事前に作っておいた。
これらを全部準備するために、講習会を開く前は大いに忙しい。ましてや、現在私は愛知における拠点を失っているため、効率が悪く大変である。
しかし、講習会を開くにあたっての上記心掛けを思い出し、向き合ってきて、なんとか間に合わせることができた。
全力で用意することと、自信をもって独学できるツール(型)を持ち帰ってもらうことは、講習会に来てくれた方への、感謝の気持ちである。これからも、各講習会ごと、感謝の気持ちを、言葉だけでなく、事前準備と成果で表したい。
私は、八卦掌修行初期、独学で学ぶことの不安さを身をもって体験している。最初にして最大の対面指導恩師・楊先生に教わった時、とても嬉しく、不安の多くから解放され、安心した。その感動と安心感を味わってもらいたいのである。
心掛けている事項の最初に挙げた、「練習することで積み重ねてきた己のノウハウのみで勝負すること」について。
これは、私が講習会を開くにあたって最も意義を感じている事項である。
講習会というものは、私にとって、己の名で告知し、己のノウハウで指導することでなければ、開く意味がないものだと感じている(有名先生を招いて開く講習会を、意味のないものと言っているのではないことに注意)。
私は、清朝末期成立当時の『転掌』だった頃の八卦掌「清朝末式八卦掌」を、ほぼ己の研鑽だけで確立し、発表している。
私が清朝末式八卦掌を、先生から習ったのは、中学生から高校生にかけてのわずか2年少しだけだ。あとは皆、自分でトライ&エラーを繰り返し、単換掌と双換掌・勢掌(順勢掌)の型と、それに連動した武器術の動きだけを頼りに、術理の真髄を探り当ててきた。
期間にして、35年以上の積み重ねである。もはやここまでくると、他人の説く理論や技術に頼る必要もない。単換掌・双換掌・勢掌と武器術に、己の練習からくるノウハウが積み上げられすぎた。
人の説く身体操作法やコツというものは、たいがい経験してきたのだ。今更、名前が知られているからという理由だけで、有名先生を招くことは、己のノウハウを伝えるうえで効率を悪くするだけである(その先生にも失礼にあたる)。
そして、中国国内の先生らの示している八卦掌は、そのほぼ全部が、近代格闘術八卦掌、つまり強者使用前提・対一人・他流試合用の格闘技的八卦掌だ。中国語の本を取り寄せて研究しても、皆近代格闘術八卦掌である。
私は講習会では、清朝末式八卦掌の真髄を最低限の形ではあるけれど、本門生以外の人にも伝えたい。清朝末式八卦掌を日本国内で最も知っているのは間違いなく私である(※国内にもいるかもしれないが、発表してない時点で教えていないのも同じである)。
日本の中国武術指導者の開く講習会は、有名先生を招く者が多い。人を多く集めることができるからである。日本の中国武術愛好家は、先生の動きで実力を判断しない。習った先生の肩書で先生の実力を判断している。だから中国の有名先生を招くだけで、人が来やすくなる。
私はそれは嫌である。上手く実行するための最も練習時間を要し、かつ最も実力を上げるうえで効率的だった「スポンジ支柱を指第一関節部分だけで打つ練習」を、誠実にアップする。当然、再生速度を加工なんかしてない。人が撮影した、人の眼から目線の後退スライド動画も、全神経を集中しての一発撮りである。
斜め上からの撮影は、横から撮影するよりも遅く見えるが、その位置からみる方が、学習者が動きを理解するうえで役立つため、斜め上からの動画にこだわっている。
そして・・・短パンの薄着で撮影し、脚・膝の使い方を明快に示す。最も重要な八卦掌真髄「斜め後方スライド」時の膝の動きを明確に分かるようにしている。
※指導動画と言いながら、脚の動きを見せてない動画が多すぎる。私はそのような不十分な動画だけは、極力避けたいと心掛けている。
有名先生の名で開かないから、いつも参加者はごくわずかである。一人も来ないのも当たり前にある。しかし、一人でもいいから、絶滅しかけの弱者使用前提武術・清朝末式八卦掌の真髄を伝えたいのだ。
就労生だった楊先生の教えてくれた、攻撃すら斜め後方スライドして行う生存第一の原初八卦掌。董海川先生に習った南方出身の弟子によって福建省に伝わり、田舎ゆえに他流派の影響をうけず、成立当時のままで奇跡的に残りつづけ、弱者使用前提の武術を必要としていた遠く離れた日本の少年に伝わったのだ。
その日本の少年は、自身の弱さゆえに大切な人を守る約束を果たせず取り返しのつかない悲しみを生み、それゆえ、後方スライドする原初八卦掌に並々ならぬ意義を見出した。
これは運命である。奇跡であると確信している。我が人生における最大のミッションが、この奇跡の出逢いによって、与えられた。弱者使用前提の囮護衛の武術を世に広め、昔日の八卦掌を蘇らせ、弱者が泣く現実に一石を投じる。
この奇跡の前に、人を呼んで開くことが意味がないことが分かるだろう。一番わかっているのは、水野義人だ。だから開くのは、指導するのは、水野義人が実行する。当たり前のことである。
・・・・外は激しい夕立の後である。湿気と熱さの中、心はさわやかである。
今回も、講習会を開くにあたっての決意に、忠実であり続けることができた。この達成感は、なんとも心地いい。
また7月6日(土)に、富山県小矢部市にて、清朝末式八卦掌における護身技術の講習会がある。この三週間、全力を尽くしたい。
志のある者、真に弱者護身に興味のある者は、小矢部市のクロスランドに集まって欲しい。