月別アーカイブ: 2024年7月

清末転掌式八卦掌が掲げる「護身術」の鉄則とは

護身術にロマンはいらない。これは常々、言っていることである。

敵を一撃のもとに倒す。敵を一瞬の動きで、倒す。敵を強大は発勁にて倒す。〇〇拳、〇〇先生伝、〇〇派・・・我が門派こそが正統派だ・・・・

ロマンに走ると、これらの、実際の戦闘で使うことも役立ちもしないことばかりに気が向く。現在の修行者は、本や動画で紹介されただけで、その内容を見もしないで、編集された「魅せる」ための動きで、すぐさま「強い」「実戦的だ」とし、人気店に行列をなす群れのごとく群れる。

自分も含め、真に実戦を想定して動く動きは、何とも簡素で、味気もなく、不格好である。『魅せるのも技術』というが、実際の戦いに「魅せる」時間などない。相手はそんなもの見ていない。だったら、「魅せる」のは不要である。不要なもののために自分の練習時間を使いたくない。無意味である。

私は、どんな状況でも弱者が護身を果たす技術を、もっともっと洗練させたいのだ。魅せて勝つ、は私の目指す世界と全く逆の方向性である。

八卦掌水式門が、昔日転掌のエッセンスを公開しても何の反応もないのは、多くの愛好家が、強くなりたいのか、華麗に戦いたいのか、ただ趣味でやっているから自己満足したいのか、気づいてもないからである。

有名門派に所属せず、一匹狼の私は、武術におけるエリート街道を歩んでいない。武術に関わる人間・愛子家らから、全く遠慮もされず、畏怖ももたれないため、何度もしょうもないトラブルに見舞われた。遠慮のない実戦を経験した。

野生動物は、圧倒的フィジカルで我を襲い、やんちゃな兄ちゃんたちは、警察官でない自分を侮り、幾度も一触即発の場面を味わわせてくれた。

まるで、江戸時代に、町奉行や火付け盗賊改役の下で働く、捕り方のような戦いである。その底辺の戦いの中で、清末転掌式八卦掌が諭す、実戦における生存の鉄則が理解できた。

それは以下の6つである。

  • (1)まず一番最初に「敵と向き合って構え・・」というテレビの格闘技試合や映画で植え付けられた対敵の常識を捨て去れ。
  • (2)とにかく距離を保て。距離を保つことは、対多人数・対強者・対武器における護身の絶対的基本である。
  • (3)防御はもちろん、攻撃すらも「斜め後方スライド」しながら行う「けん制撤退戦」を貫け。当てなくていい。当たらなければいい。
  • (4)「移動遊撃戦」で敵を引き回し、敵の足が止まったらキロメートル単位で離脱せよ。そのための持久力をとにかく養え。
  • (5)脚は常に移動防御・移動攻撃で使うため、蹴り技を使う暇はない。よって練習する必要もない。
  • (6)刀術ベースの棒操術を身につけ、有事の際に身の回りにある棒で対抗できる可能性を生み出せ。練習しなければ可能性は生まれない 。

清末転掌式八卦掌は、この鉄則を技術体系に反映させ修行者の身体で体現することを課し、「対多人数・対強者・対武器」における生存の可能性を生みださせる。

ロマンを求める愛好家らは、(1)~(5)までの鉄則を、大変に困惑した表情で受け止める。彼らの求める戦い方とは、全く逆の行為だからである。

ことに(4)に対する反応がすこぶる悪い。持久力で戦うことを嫌う。魔法のような身体操作で、息も上がらない状態で、涼しげに、一瞬にして、相手を倒す・・・という幻想的達人芸にこだわっているからだ。

戦いに魔法もマジックもない。あれだけ走り込んだマラソンの選手が、息も上がらない状態で完走しているだろうか。技術が上がれば、自分の動きも速く激しくなるため、息が上がることは避けられない。

実戦に向き合うこととは。息を上げるのを抑える技術を得るのではなく、息が上がっても磨いた技術を実行できるように平素から練習して慣れておく、のが「実戦的練習法」なのである。

八卦掌水式門富山本科イメージ

水式門各都道府県支部館設立へ。伝承決意ある門弟はどこに。

愛知拠点の放出は、八卦掌水式門・各都道府県支部館設立への大きな転機となった。

支部館設立について

岡山倉敷始動は、昨年末の宣言中の主要内容。必ず実現すること。私の中で、あまりにリアルにその場を描くことができる。必ず岡山に立ってくれると信じる門弟がいる。そんな中で、確信のままに淡々と行動を積み重ねてきた。

途中、能登地震による経済的打撃、それに付随する愛知の拠点の喪失、などもあったが、それらは前に進む際に立ち止まる言い訳にもならない。

こうした方がいい、ああした方がいい、何をやってるんだ、あなたは。そんなことも聞いたが、その都度してきたことは。それは、とにかく前に進むことだった。まさに、清末転掌式八卦掌そのものである。

やるかやらないかだ。ただそれだけと思って、どれだけ苦しかろうと、とにかく前に進んできた。

拠点を失った後の愛知での生活は、すでに慣れた。ブログで宣言した19時間後に、能登地震である。その激震で愛知に回避してきてから間もなく、現在の状況に陥る可能性を察知し、素早く準備をしてきた。

一番一年で不快な時期の真っ只中での拠点喪失だったが、そんなものは年初から分かっていたことだったので、事前に拠点無しでも快適に過ごすことができるように、実験を繰り返してきた。なんとか間に合ったと思う。

今では、部屋を借りて生活することすら、必須のものではなくなった。住民票を置くことができる拠点すらあれば、アドレスホッパーにはならない。

拠点を手放したことによって、難関中間目標の一つであった「全国支部館設置」すらも、具体的行動指針が見えるくらいまでになってきた。愛知拠点があれば、それは快適さと引き換えに重荷となり、機動性が落ちる。今は、どこでも行くことができる。目下の目標は、愛知での仕事からの解放である。具体的指針を見い出し、行動に移したい。

八卦掌水式門(館)全国支部館組織図

愛知の仕事からの解放よりも大きな山場は、支部館教練長を務めるほどの熱意のある門弟の獲得である。ここが一番難しい。なぜそのように感じるか。

支部館教練である以上、こころがしっかりと、八卦掌に向いている必要がある。

私は、私の伝える八卦掌原型「清末転掌式八卦掌」に当然自信がある。膨大な時間を積み重ねて、やっと思いで形にしたもの。そこらの初心者が私の動きを見て言及することがあるが、たいがい、的を外している。

最近の拳法愛好家は、拳法技術を極めるうえで必須でない知識を知り過ぎている。その浅い知識で、他にほとんど資料のない清末転掌式八卦掌を、他の拳法の特集記事や動画で得た知識でもって、判断しようとする。

私は、必須でない知識など知らない。必要ないから、覚えることもしなかった。拳法関連書籍・雑誌などほぼ見ることはない。必要ないから。

愛好家が知っていることを知らないことの方が多い。よくもここまでしっているものだな、と感心する。しかし、それまでである。「では自分も勉強しなきゃ」とならないのだ。それら雑学で、人を守り、自分を守るための技術は上がらないことを知っているから。今まで通り、練習するだけである。

愛好家はおおよそ、軸ができてない。軸ができてないのに、周辺知識ばかりあって、意識が末端部・枝葉部分にばかり向かい、軸に向かっていない。目移りしたり、素直に指導内容に従わなかったりで、進み・上達が必然的に遅くなる。

水式門の掌継人が女性ばかりなのは、偶然ではない。男性の修行者も多かった。多くの男性が、弊門を叩いた。でも、多くのことをやたらと知っている男性は、軸すらできないうちに、いなくなっていった。

女性は、さっさと軸をつくり、その先の自分の独自性すらもつくって深奥に達した。彼女らも、色んな知識に触れたが、枝葉であることを見抜いていた。

男性修行者は、すでの自分の中で修行の計画ができており、どこか第三者的な立場で接しようとする。深くかかわろうとしないのだ。まず自分の思惑があり、その思惑を通すことを最優先する。

しかし、一つの術理を得るなら、一時没頭する必要がある。渦中に飛び込み、どっぷりつかる必要がある。我が身をその術理の森に投じず、外からつついたって、本質は得られない。真に本質を得るなら、失敗、失敗を繰り返し、悩むくらい没頭し、「ああ、そういうことだったのか」と身体レベルで理解するまでやり込む必要がある。頭で考えて理解(しているつもり)、では、有事に身体は動かない。

また、伝統門の先生であればあるほど、そのような人間に深いことを教えない。

伝統門の先生に、知識をひけらかすなど問題外である。その瞬間に「お客さん」となる。一般的な型だけ教えて帰ってもらう「お客さん」となり、最も大事な術理など、まず指導してもらえない。

運よく入ったとしても、おおよそ伝統門の先生は指導経験が豊富であるため、門弟の練習頻度・熱意が分かるものである。その門弟が練習しているか否か、すぐ分かるのだ。私も、当然よくわかっている。

自分も、今でも門弟と同じく、一修行者である。やっている状態、と、やれてない状態、は、はっきりとわかる。私はその門弟が練習を「やってない」と分かっても、あまり注意しない。優しい先生は、厳しく注意し、もっと気合入れて練習しろ、と促してくれる。

没頭し家で練習している人間は、具体的な質問をどんどんぶつけたり、もしくは、練習成果を私に見せる時、間違っていようが、堂々と演じきる。心が向ききってない人間は、練習できなかった理由をいきなり語って、結局順序すら覚えていない。

拳法を志す者は、本格的なものが習いたいのなら、なおのこと、先生をなめてはいけない。うまくできなくてもいい。とにかく定期的に練習をし、言い訳などしないことだ。

清末転掌式の機縁を与えてくださった楊先生は、愛知から東京に通い、その都度、間違えて演じきってしまうくらい練習してくる中学生だったからこそ、時間外に、一般的でない八卦掌を教えた。その中学生が、習っただけで復習もしてこないだけの熱意ならば、きっとその中学生に清末転掌式八卦掌は伝わらなかっただろう。

支部館の教練長は、支部館であるがゆえの制約があるため、ちゅうちょもするだろう。熱意も必要である。清末転掌式八卦掌は術理がシンプルであるが、簡単ではないため、膨大なくり返しと、試行錯誤が必要である。現実的な持久力が求められ、マジック的な身体操作で巧妙華麗に勝つ、は一切ない。

しかし、門弟にとって、「伝統を受け継ぎ、次代に伝える」というなかなかできない『経験』をすることができる。その経験をもとに、支部館以外に自分の道場を開き、そこで自分の修行によって得られた真実をもって伝えるといい。

教練長が自分の道場を、支部館以外で別個に持つことは、当然自由であるから。

八卦掌水式門富山本科イメージ

清末転掌式八卦掌~「八」で構成される考えが無い

水式門で指導する、成立当時のままの「転掌」時代の八卦掌には、「八」で型数を構成するなどの考えがほぼ無い

転掌時代は、八卦陰陽理論などの影響は受けていなかった。

流派によっては、董海川先生の時代にすでに、八卦陰陽理論で技術体系が組まれていた、とする説もある。それについては確証もない。

しかし、董海川先生は、文字を読むことができなかったとの説も多い。当時の中国の下層の人間は、読み書きなど当然にできなかった。

宦官に身をやつし、かつ若き日の記録もほぼ無いことから、董海川先生の身分は高い地位でなかった(下層の人間であった)可能性が極めて高い。野盗や盗賊・太平天国軍の残党であった可能性すらある。

下層の人間が、複雑難解な八卦陰陽理論を読み解き、もしくは教育を受けて習得し、それを自分の練習している武術に理論的融合させたなど、実に考えにくい。

私は師伝で、転掌の技は3つのみ、と聞いている。習っている期間中、八歩で一周、とか、八〇掌とか、〇〇八式、などの型や名称を聞いたことがない。

単換掌・双換掌・勢掌(順勢掌)の三つのを、徒手・棒・長棒・双短棒にて使いこなすことを重視されていた。

先生曰く「どうせ難しい技なんて出せない。手を出すのが精一杯だ」

この3つですら、未だ練習するたびに疑問がわくときがある。追い求めても追い求めにくい、尽きせぬ興味の対象である。これ以上、型は必要ない、あったら練習に困る、練習時間がいくらあっても足らない、と、切に思う。

時間と体力がいくらでもあるなら、習う型も多くていいのだろうが、私を含めた人間には、時間は有限である。現代人はなおさら、社会的制約や多くの誘惑にさらされている。よほど集中しないと、時間の確保ができない。

わたし自身、練習時間を確保したくて、愛知の拠点を切ったのである。それほどまでして確保した時間を、多くの型の時間に費やすことはない。とにかく、この3つの基本型の術理を、もっともっと洗練させたいのである。

弊門での八卦掌には、よって老八掌や八大掌・八母掌・定勢八掌などのものが必須となっていない。

定式八掌については、そのうちのいくつかが、昔日より転掌動作として伝わっているので、指導する。しかし、定式八掌のキメの姿勢は、ほぼ指導しない。転掌式八卦掌にとって、そこが重要ではないからだ。

清末転掌式八卦掌の技術体系は、近々まとめる。

近代格闘術八卦掌とは、全く技術体系が異なるからだ。走圏などの練習のとらえ方も、全く異なっている。目的が違うから当然である。生存第一と、倒すこと重視では、その内容は全く異なる。

八卦掌水式門富山本科イメージ

清末転掌式八卦掌の初代(開祖)としての覚悟が決まった

時代の変遷により弱者使用前提から離れた八卦掌が隆盛を誇る中で、自分の中の違和感に素直に従い、八卦掌を超えるつもりで・・・つまり新門派を創るつもりで、突き進んできた。

しかし、練習をして、し抜いて、自分の追い求めているものが、練習しているものが、成立当時の原初八卦掌たる「転掌(てんしょう)」であると気づいた時、超えるべき壁が限りなく遠くへと、飛んでいくのを感じた。

超えられなかった絶望ではない、己の進んできた道は、己が最も追い求めていた道だったとわかった、涙が出るくらい、心が震えたのだ。

八卦掌原初のスタイルである「転掌」こそ、自分が求めていたものだった。身体的資源不利者(弱者)使用前提で徹底的に技術体系が組まれている武術。こんな武術は、なかなかない。

中学時代の師(楊先生)より、転掌の技術体系とシンプルな術理、術理に沿った武器術を知り感動を受け、成年から壮年時代を通して修行をしていくにつれて、弱者使用前提武術がほぼ無い事実に気付き、運命を感じてしまった。

よって私は、清末転掌式八卦掌の開祖となる。新門を拓く。

八卦掌第6世掌継人。清末転掌式八卦掌初代(再興祖)。

※「掌継人」は、楊先生による、伝承者の名称。伝承者の名称は各派によって異なる。例)梁派は「伝人」。

私の拳法修行開始のきっかけは、同級生に対するいじめに対抗するためである。受け入れられないいじめから守るため、ケンカなどしたこともなかった弱虫の私が本で空手と八卦掌を知り練習し、取り返しのつかない敗北をした。そして力任せの暴力の残酷さ・容赦のなさを知った。

何も嫌われることもしてないのにいじめられる同級生、それを守ろうとする少年。どう見ても、いじめる方が責められる。しかし数や体格差・人気や目立ち具合で勝る相手たち、そして見て見ぬふりの同級生の圧力の合わせ技で、加害側が笑いなんらおとがめも受けない結果となった。

このいじめで、何が起こったのか?同級生がわずか2箇月の中学生生活でその未来を奪われ、少年は先生に嫌われ、加害者の笑顔が一時大きく響き、何事もなかったかのように、皆忘れただけだ。

私は決して忘れない。絶対に忘れない。戦いは終わらせない。私があの学校の学区内に本部を置くのはそのためだ。あの事を誰も覚えていないなら、私だけはどんなこととがあっても忘れず、この現代に影響を与える。

弱き者は、強者の暴力に屈するしかないのか?古来より、人間の歴史はその繰り返しであるが、同級生の悔しさと無念さを目の当たりにし、弱き者でも強者の暴力に屈しない武術をとにかく求めてきた。

強い動機付けをもった少年だった私だから、転掌に巡り会ったのかもしれない。

そのような動機がなければ、近代八卦掌を女性が華麗に演じるのを見て、何の疑いもなく、女性向けの拳法、と言われてるのを鵜呑みにしていたのかもしれない。

弱者使用前提の技術体系を徹底して貫いた稀有な武術、清末転掌式八卦掌。

奇跡的に私に伝わったこの技術体系を、全国の、私のような少年少女に、成年有志に、届けなければならない。

そのためには、私がこの技術体系を曖昧さなど無い状態で明確に示し、この技術体系の最大の模範として在り続け、転掌の有効性を分かりやすく示し、暴力に立ち向かう者に希望を与えなければならない。

他の門派は、決して間違ってなどいない。魅力的であるし、合理性もある。しかし、どのような魅力的な技術体系があったとしても、ここ(転掌)にとどまる覚悟が、初代には必要なのだ。

有名流派の後押しもない。有名先生の弟子でもない。私の梁派の先生は、名前を明かすことを希望しないため公開できない。系統に公開できない箇所があるため、伝統性も公には強調出来ない(本門生や仮入門生には、私の属した梁派に沿った系統は、しっかりと示している)。

だから、初代となる。昔日の転掌の技術体系を受け継いだものとして、私が現代に復活した転掌式八卦掌の初代となって、技術のみで有志の心をつかむ必要があるのだ。開祖となって宣言するのは、拳法の伝承者としての責任を全うするためである。

覚悟することで、すべきことがパッと目に開く。

練習を一層する、ではない。もちろん練習は従来通りどんどんやる。練習するのは当たり前のこと。

その技術体系に我が身を投じるのだ。身を託すと言ってもいい。迷いなく託すのだ。前に出て打ち合う、格闘技試合の影響を受けた格闘技的価値観(格闘ロマン)を未練なく置いていく。

どんな状況でも、開祖は、転掌の斜め後方スライドの術理で対応するのだ。開祖はとにかく、馬鹿の一つ覚えでなくてはならない。

董先生がしたように、私も転掌復活の祖として、前に出て戦う格闘技的スタイルではなく、斜め後方スライドの生存第一主義を貫く。

そうすることで、転掌スタイルに共感をしめす有志に巡り会うことができる。

最初はだれにも相手にされないだろう。実はこの3年、このことを嫌というほど思い知った。家内の生前は家内に、その後は、一番弟子たる長女に、いつも励まされて立ち上がる、を繰り返す苦しい日々だった。

でも、苦しい中で、私の指導する内容に共感し、積極的に学ぶ弟子と、新たに巡りあうことができた。

何の後ろ盾もない無名道場を、わざわざ選んでやってくる門弟は、間違いなく将来伝説の達人となる天才である。系統や○○伝などの外面よりも、本質を見極めることを優先し、それに従う勇気と選ぶ決断力・行動力があるから、初代に続く2代目は天才であり伝説となるのである(初代の非効率的な遠回りをしないのも大きな要因)。

その天才らに、出来る限り最高のパフォーマンスで指導をしたい。天才をこのスタイルに縛るのではない。天才らに、このスタイルで戦う選択肢を示し委ねるのだ。私があたえることができる外面的肩書など、「八卦掌第7世」でしかない。それよりも、天才は各々のノウハウによった真実を、きっと確立してくれる。

繰り返し言う。この記事は、初代・再興の開祖となる私の覚悟である。他の武術の技術体系と隔離を図って、我の技術における転掌の純度を高めるためである。

この記事は後々追記して、完成させる。富山への道中のため、今日はこれまで。

興味のある方は、都度ごとに覗いてみて、全文を読み、私の決意を見て欲しい。

八卦掌水式門富山本科イメージ

『いじめに苦しむ君へ贈る、勇気が出るメッセージ集』のトップ

八卦掌水式門ホームページ:いじめが辛い君へ|八卦掌の単招式・連招式で取返しに行こう

ブログトップ

八卦掌水式門ホームぺージ:トップページ