弱みを強みに。逆転発想の清朝末式八卦掌~女性の護身具携帯

女性は男性に比べて筋力等で、格闘の際に不利となる。

男性の力づくの攻撃に押し込まれる。護身の場でもそのようにとらえらえれる。そこを強みに変えることで、屈強な男性から生存する活路を見いだす。

女性=弱者=人を襲ったりしない=護身具の携帯に、寛容性が認められる(男性はほぼ認められない)。持つことに、一定の正当性が認められる。

身の危険を感じる事態が発生している女性、もしくは、仕事等で人気の居ない場所を歩くことが常態となっている女性は、護身具を持つことにしっかりとした理由があるのだ。

男性に、その正当性はほぼ認められない。

そこを優位と捉える。常に持ち歩く可能性ある道具と捉え、その使い方を事前に、徹底的に習得しておくのだ。『事前の準備』という最強のアドバンテージをもって、体格差・筋力差をしのぐのである。もっと分かりやすく言えば・・・

社会的に弱い立場=護身具を持つことに正当性が認められやすい=危険が予想される状況で護身具が携帯できる=危険時に持っている可能性の高い道具として、その使い方を事前に練習する目的意識が持て練習に身が入り上達する=有事の際に、練習を積み重ねて得た動きの洗練さというアドバンテージにより、筋力・体格をしのぐ優位さで対応できる

である。

持つべき護身具(持てる可能性のある護身具)を決めたら、その護身具を危険が降りかかることが予想される場合に携帯することを前提に、使いこなすための練習をひたすらに積み重ねるのだ。

護身具でなくてもよい。女性なら、傘を常に持ち歩くことができる。日傘だ。そして、肩が凝りやすいなら、どこでも背中部分まで押すことができる、すりこぎ棒のようなマッサージ棒を持つこともできる。男性は、そんな棒を持っているだけでも、職質の際、疑われたりする。

護身具携帯につなげるプロセスは、男性では難しいことが分かっていただけただろうか。護身具を持つことが基本的に許されないため、あてにできない。あてにできない護身具の練習に目的意識を持つことができないから、練習のモチベーションが上がらず、危機感すらもわかず、大して上達しないのである。

これまで述べたことは、まさに『逆転の発想』なのである。

社会一般的に弱者(暴漢等のターゲットとなりやすい立場)とみられることで、道具の携帯合法性が認められる余地が生じ、そこから携帯可能道具として使い方をマスターしようという意欲が湧き、上達につながる。そしてその上達が、我が身を屈強な暴漢から守るのである。

弱者だから強者の思うがままになる宿命、とあきらめるのではなく、弱者だから認められることに目を向け、そこから生じるメリットを最大限に伸ばし、他方向からの優位さで、強者の暴力に対抗するのである。

八卦掌の後退スライドは、まさにその逆転の発想のたまものなのだ。

強者に真っ向からぶつかっても、技術・筋力・体格差で勝てない=向かってきたら後ろに逃げる=敵は追っかけて攻撃しようとする=敵は追っかけて攻撃することに慣れていない=こちらは事前に後退しながら攻撃する練習をし尽している=強者が、追撃により息が上がり、追跡の慣性で身体を操作できなくなった時に打つ=距離が離れる=離脱する

大まかに言うとこのような感じである。

清朝末式八卦掌が、強者の追撃をかわし、生存を果たすために、ささいだけど重要な要訣(重要ポイント)がたくさん伝わっている。それを学習し、体得していくのが、清朝末式八卦掌の上達の過程なのだ

まず大きな全体像をつかむ。要訣を理解し、要所要所を洗練していく。あっけにとられるくらい単純でシンプルな所作で、瞬間的にあしらう。これは、他の拳法と同じである。

これだけなら八卦掌は、他の武術と変わらない。清末八卦掌が他の武術と大きく異なるのは、弱者であることに徹底的に開き直って必倒を捨て、生存を採ったこと。弱者という弱みを、開き直るいいきっかけにして開き直り、生存主体の体系に変えたこと。

そしてその開き直り、逆転の発想の典型例として挙げられるものの一つが、女性の護身具携帯なのである。

今一度、自分の置かれてる状況を考えて欲しい。あなたの『弱み』は何ですか?その弱みがあるがゆえに、あなたにだけ認められやすいものは何ですか?

「あなたの強みは何ですか?」の言葉は、至る所で聴かれるが、「あなたの弱みは何ですか?」は言われない。

この視点は、人生の各所においても、使ってみたい。もしかしたら、自分が常日頃から苦々しく思っていた「弱み」が、とんでもないアドバンテージを生み出すかもしれないのだ。

八卦掌水式門富山本科イメージ

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