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弱者が強くなるためになぜ八卦掌が適しているのか?その理由

(このページは、2023年12月11日に更新しました。)

「逃げて、逃げて、逃げまくれ。最後まで立っていればいい。それができれば、大切な人も自分も守ることができるから。」

数多く存在する武術・武道の中から、なぜ私は異国の文化たる中国拳法の八卦掌を選んだのだろうか?そして練習し続けてきたのだろうか?

その理由を説明することを、「八卦掌(中国拳法)を練習していじめに立ち向かってやろう」と考えた君への最初のメッセージとしたい。

拳法の取り組み方など、本当に人それぞれだと思っている。いじめを跳ね飛ばすだけならば、これからの人生において、ずっと練習し続けなくてもよい。いじめを克服するまでの練習でも、十分に成長を実感できるし、自信も湧く。

でも今は、弱者が強くなるうえで八卦掌が適している理由を読んで欲しい。そして、少しでもいいのでやる気につなげてほしいと願っている。

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八卦掌が適している理由1:敵との接触を極力さけ、スライド離脱しながら戦う「単換掌理」を中核技術とする武術だから

弱者が強くなる、弱者が強者から身を守るために、八卦掌が適している理由。その最大の理由は、八卦掌が「単換掌の術理(以下「単換掌理」と呼ぶ)」にもとづく行われる「引き込み離脱戦法」を技術の核としているからである。

「単換掌理」は、水野のオリジナルメソッドなんかではない。内乱の頻発と麻薬横行、そして外国の侵略によって治安が乱れきった清王朝末期の動乱の時代、弱者が我が身を守り生き残るために考え抜かれた、あらゆる不利な条件から「生存」するための八卦掌の根幹原理である。

単換掌理の戦い方の実際の流れは、「追撃してくる敵を斜め後退スライドで流し引き込みながら、不意に攻撃、一気に転戦離脱」である。そして八卦掌では、この攻防を無意識でできるようになるために、全ての練習法が組み立てられている(走圏・基本型・武器術など)。

「追撃してくる敵を流し引き込みながら、不意に防御けん制攻撃し、一気に離脱転戦」の中に、以下の、弱者が強者に圧倒されないための3つ知恵が盛り込まれている。

  • 単換掌理の知恵1:敵に追われるのを避けるのではなく、敵に追撃された状態から反撃と離脱、転戦ができる技法を伝えている
  • 単換掌理の知恵2:弱者使用前提の技術体系に徹している。「敵と力がぶつからない」技術体系で構成している
  • 単換掌理の知恵3:「ながら」の移動遊撃戦に徹して「勢」を保ち、防御成功率と攻撃成功率を高めている

八卦掌水式門(以下「当門」と呼ぶ)で指導する、昔スタイルの八卦掌門では、練習は「単換掌理(と順勢掌理)を用いた対多人数移動遊撃戦を、どんな状況下でも実行できる」技術・能力を確保するためにだけ行われるのだ。

3つの知恵の解説する。解説を読んだら、次に行う練習の時からすぐに意識して実行してほしい。

単換掌理の知恵1:敵に追われるのを避けるのではなく、敵に追撃された状態から反撃と離脱、転戦ができる技法を伝えている

敵が複数人いる場合、一つの場所にとどまって各方向から手を出してくる敵に対応する方法が思い浮かぶ。映画・アニメの中では、そうして戦っているシーンが多いからだ。

しかし、八卦掌では、そのような戦い方はしない。一つの場所にとどまる戦い方は、敵の力とぶつかりながら戦う方法の典型であり、筋力などの身体的要素の高さが必要となる。普通の人間では、あっという間に敵に押し込まれ、敗れ去る。

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そこで八卦掌では、後方から敵に追撃されることを受け入れ、追撃された状態の中で最も効果的に反撃と離脱、転戦ができる技法を伝えている。発想の転換である。

追撃されることは、通常であれば大変危険な状態であるため、昔日の八卦掌は、後方から迫る敵を己のコントロール下に置くための「事前準備練習」を徹底的に行わせる。その事前準備練習こそが、単換掌理で戦うことができるようになるための練習なのである。

事前準備練習は、以下の通り、八卦掌修行者がいつも行っている練習である。ただそれを、単換掌理を意識して練習しているかどうかの違いだけである。

  • 走圏において、円中心を横目で流し見る練習をすることによって、流れる景色の中における我の視界の端に対象物を置いて見続ける鍛錬をする
  • 内転翻身してスライドする場合と、外転翻身してスライドする場合のふたつのパターンのスライド技術を、事前に走圏にて徹底反復する
  • 走圏において、対敵をイメージした練習(一人で行う対人想定練習・二人で行う対人練習がある)によって状況に応じた転身ができる練習をする
  • 昔日八卦掌における重要型である「定式八掌」で、斜め後方スライドを行う際の姿勢をとるための柔軟的な練習をする
  • 同じく定式八掌で、無理なく流れるように後方敵をいなし、攻撃するための典型型を学習する

ここまで事前準備をしたうえで、あえて敵に追撃をさせる。追撃をさせてからの反撃と離脱を成功させるには、移動攻撃という慣れない状況の中に、敵を引き込むことがカギとなる。

一般的な武術の攻撃方法は、移動を伴わない安定した姿勢から、蹴りや突きを出し、状況に応じてステップを踏んで移動しながら攻防する。

よって、歩きながら、もしくは走りながら攻撃することには慣れてないのだ。走りながらの攻撃では、威力も大幅に減り、命中率も低くなり、息が上がる。そして八卦掌がもっとも狙う罠とは、敵を移動の慣性の中に落とすこと。敵は夢中になって我を追いかける内に、急激な転身・防御のできない前方向の慣性の中にどっぷりと浸る。

その中で突然、後方スライドを行いつつ、不意打ちの意図を伴った防御と、けん制攻撃を行う。単換掌理に精通すると、敵の手が届く極限の状態まで引き込むことができるようになるため、不意打ち防御の一打目ですら、敵の急所を不意打ちし、もしくは敵の足を止めることができる有効打と化す。

八卦掌が対多人数に対処する方法に、移動遊撃戦を採用する大きな理由の一つとなっている。

単換掌理の知恵2:弱者使用前提の技術体系に徹している。「敵と力がぶつからない」技術体系で構成している

八卦掌の創始者・董海川先生は、宦官(かんがん)であったと伝えられている。宦官とは、宮中に入り王族の世話や護衛をする、去勢(きょせい)された男性官吏。去勢されているため、力は女性並となり、術後の経過が悪い場合、女性以下の筋力と化す(最悪の場合、感染症等で命を落とす場合もある)。

その状態の人間が使うことが前提の拳法であるため、力と力がぶつかる技法は徹底的に避けられている。この成立に関わる歴史的背景こそが、当ページ題目「弱者が強くなるために、なぜ八卦掌が適しているのか?その理由」の最大の理由となる。

※八卦掌が広まり、通常の男性も修行するようになってから、力を技術力で制する体系(近代八卦掌スタイル)も生まれるようになった。

斜め後方スライドは、敵と力をぶつけ、力で負けてしまうのをさけるために行われるのである。普通であれば不利な態勢である斜め後方攻撃スタイルを採るのは、敵の力とぶつからない領域に我が身を安全に移動させながら敵と対決するため。

敵と離れることによる我の繰り出す攻撃命中率の低下を招いても、敵の攻撃に「当たらないこと」を目指しているのである。そして、敵と力がぶつからない領域へ、ただ逃げるだけではなく、攻撃動作もできるようにすることで、生存の可能性を少しでも高めている。

「逃げる」ことを本流の戦法とし、その範囲内で可能な攻防身法のみで構成される。その範囲内である、ということは、当然、反撃方法も「逃げる」ことを邪魔しない方法(例:順勢掌理のスライド旋回戦法)となっている。

そしてその技法は、弱者の身体能力が通常より低いことにも配慮している。奇をてらった実現困難な技法がないのだ。学習者ががっかりするくらい、シンプルで、身体能力に関係なく練習すれば誰でもできるものばかりである。これほどまで弱者の身体能力に配慮している拳法は、八卦掌をおいて他にない。

単換掌理の知恵3:「ながら」の移動遊撃戦に徹して「勢」を保ち、防御成功率と攻撃成功率を高めている

通り過ぎながら攻撃する。その前提があると、複雑な技や、その場にとどまって3回も4回も手を出すような技は使いにくくなる。

先ほども言ったように、八卦掌の技がシンプルになるのは、「通り過ぎながら攻撃する」という大前提があるために自然とシンプルになるのだ。

なぜここまで「通り過ぎながら」にこだわるのか。

通り過ぎならであれば、前に居る敵にも後敵から迫りくる敵にも捕まらない。通り過ぎながらの攻撃であるため敵の側面を移動する際の移動速度を下がらないから、捕まりにくくなる。移動速度が下がらないため、通り過ぎた瞬間に、一気に敵から離れることができ、安全な間合い(6~10メートル)にただちに戻ることができる。

そして、移動速度が下がらなければ、手を出すだけの攻撃ですら当たる可能性を高めることができるようになる。「当たればもうけもの」要素の強かった八卦掌の電撃攻撃の成功率を高めることができる。

つまり八卦掌では、止まらないことを大変重要視する。止まらなければ、身体は移動の勢いを攻撃と防御で有利に利用することができる。孫子の兵法でいう「勢(せい)」の最大限の活用である。

『移動速度を下げない→身体は「勢」を維持することができる→通り過ぎながらの攻防で、当たりやすくなり、かつ、捕まりにくくなる→護身目的の達成』となる。

八卦掌では「止まったら死ぬ」とまで門伝で伝えられるほどである。

八卦掌が適している理由2:敵との接触を極力避ける「逃げ続ける技術」を正当な対敵護衛護身手段としているから

八卦掌の最終目的は、あらゆる状況下でも「生き残る」こと

逃げて逃げて、逃げまくれ。

冒頭で言っておこう。この言葉は、私が生涯をかけて伝えたい言葉である。

「逃げて、逃げて、逃げまくれ。最後まで立っていればいい。それができれば、大切な人も自分も守ることができるから。」

八卦掌における勝利の条件は「戦いの最後まで生き残ること」である。「敵をせん滅すること・敵を倒すこと」ではない。この勝利条件を実現するために、「逃げ続ける技術」を徹底的に磨く。修行のメインとしているのだ。

その「逃げ続ける技術」のエッセンスこそが、単換掌の術理「単換掌理」である。単換掌理は、主に後方敵からの生存方法を示すものだが、対多人数移動遊撃戦の渦中において前方向に存在する敵への攻防一体のアプローチの中にも、スライド旋回の「逃げながら攻撃」として、しっかりと活かされている(順勢掌理・じゅんせいしょうり)。

「目的はパリ。目標はフランス軍。」~パリを奪おうとする侵略者を苦しめるフランス防衛軍となれ!

例えば君が、誰かを守るために戦うとしよう。その際敵は、獲物を得るために、まず邪魔な君を片付けようとする。君が戦闘可能なうちは、敵もうかつに獲物に手を出すことができない。

「目的はパリ。目標はフランス軍。」という言葉を知っているだろうか?プロイセン(ドイツの元となった国家)軍の参謀長(作戦担当者の長)・モルトケが言った言葉である。

「フランスを屈服させるためには、首都のパリを占領する必要がある。そのためには、フランス国土を守るフランス防衛軍を、まず倒すことだ。」という考えを表した言葉である。

君は、誰かを守る際、強力な暴漢の攻撃から逃げ続け、時に攻撃をし、事態が動くまで(例:警察などの助けが来るまで)立っていればいい。しぶといフランス防衛軍になればいい。フランス防衛軍たる君が健在であれば、暴漢はパリ(君が守っている人)にうかつに手を出すことはできない。そう。倒さなくても、生き残っていれば、大切な人すら守ることができるのである。

そして、「大切な人」には、「君自身」も当然含まれることを言っておこう。いじめから身を守る際、最後まで逃げて、立ち続けよ。パリである自分を守るためのしぶといフランス防衛軍であれ!

よって、敵と力がぶつからない領域に身を運ぶ「逃げ」のスタイルを徹底せよ。八卦掌は「逃げ」を正当な手段としている。

敵のすぐそばで攻防し続けるには、体力・筋力・年齢の若さ・体格の大きさなどの身体的要素(フィジカル)の優位さが求められる。

よって多くの競技格闘技は、身体的要素において公平さを保つため、階級制というものを用い、できるかぎり選手の技量のみによって勝敗が左右されるように工夫をしている。

しかし八卦掌は武術である。武術とは、我や大切な人を殺傷しようとする相手から、その身を守る護衛護身の術。相手はあらゆる手段を使って目的を達しようとしてくる。そこでは、体格差など考慮されず、手段に優しさや公平性は一切ない。我にとって都合のいい敵など、存在しないのである。敵は、我が一番してもらいたくないことをしてくる存在であることを忘れてはならない。

暴力で人が傷つけられる場面では、身体的要素の有利な人間が、不利な人間を食いものにしているのが常である。ストーカー殺人や通り魔殺人を見ればわかる。犯人は突然、なんの防御手段ももたない人間(多くの場合、女性や子供)に対し、刃物等の凶器で、一方的に凶行手段で圧倒している。

「敵射程距離内のリスク」

私の経験でも、相手が多人数で体格が良かった。そして四方八方から攻撃を受け、足が止まった瞬間に圧倒され、倒れても攻撃され続けた。屈した人間に容赦しないのが人間の残酷性である。よって、公平性のかけらもない実戦の場においては、それに対抗する武術は、不公平な現実をひっくり返すほどの特徴が必要となることが分かる。

八卦掌は、公平性のかけらもない実戦の場において、弱者が危機的局面を乗り越えるために、徹底した移動遊撃戦スタイルを採り入れた。

相手が複数の場合の対処法として考えられるのは、構えつつ、後ろを壁にして、横移動で左右の敵に対しつつ、正面の敵にも当たる、というもの。これは敵前攻防を前提としている武術の対多人数対処法である。

移動遊撃戦に慣れていない人は、とにかく自分の居場所で戦うことを考える(その手段しか練習をしてないから、移動遊撃戦など思いつかない)。しかし八卦掌では、ただひたすら、前に進み続ける。一発で倒すことなど考えない。前に進み続けるのは、前に進んだ方が一番速い動きで対処できるから。速い動きで進むことができれば、「勢」による電撃攻撃が可能となる。

ひたすら前に進み、後方より襲ってくる敵より速く動き、時に単換掌理の後方スライド戦法で対処する。そうなれば、後方・側面の敵への「改まった」防御はいらなくなる。単換掌理にもとづくけん制攻撃さえできていれば、そこで敵の動きは遅くなり、遅くなる=遊撃戦八卦掌の使い手の動きについていけなくなる、という結果を生み出す。

敵の攻撃可能範囲内にうかつに入り込まず、移動遊撃戦で駆け抜けつつ、無理に攻撃などしない。とにかく「当たらない」ことを第一に考え、最後まで立っていることを目指す。

敵の近くにいなくていい。攻撃には逃げることの倍以上の体力を使う。そして、素人相手にも、思ったほど当たらないのだ。だから君は、まず「当たらないこと」だけを目指せばいいのだ。「逃げる」ことが正当化されていて、かつもっとも練習時間を多くとる武術は、八卦掌をおいて他にない。これほど、護身術に適した武術があるだろうか。

八卦掌が適している理由3:対多人数移動遊撃戦が真骨頂。いじめ側による集団暴力に対抗する最適の武術。

八卦掌は、戦いにルールなど一切なかった頃に成立した武術である。ルールがない=相手が多人数も想定している。むしろ八卦掌が想定する実戦とは、「個人対多人数」である。あれだけ速いリズムで歩くのは、徹底した移動遊撃戦を行う前提があるからだ。

※八卦掌をやったことがない人間は、「まず対一人でうまくなってから、対多人数でしょう?」と批判をする。しかし八卦掌は「対多人数」こそが原則であり、その原則のもとに練習方法や攻防技術が組まれている。よって「対多人数に習熟後、対一人に応用する」である。原則から練習するのは当然である。

八卦掌の技には、老八掌や単招式(単繰手)の型中に、多人数を想定した動き(後方・側面敵へのけん制攻撃・転身攻撃など)が組み込まれている。門派の大原則とも言える中核型に、このようなけん制攻撃や転身攻撃の動作が組み込まれるのは、八卦掌の大きな特徴と言える。八卦掌が多人数戦を想定しているがゆえである。

単純に考えても、個人に対し多人数で行われる「いじめ」という攻撃に対して、この技術体系は大変有効である。物理的な攻撃はもちろんのこと、実は、いじめ特有の、己の精神に追い込みをかけるような陰湿な攻撃に対しても有効なのである。

八卦掌の攻防理念には、多人数に当たるための技術理論はもちろんのこと、多によって圧力を加えられた場合の気持ちの持ち方にも、多くの指摘がなされている(八卦四十八法には、対処法について具体的に言及されている)。常に後ろに人がいることを想定しながら前方の敵を打つ練習をし、ひるがえって多方面に牽制と脅威を与え続けていくクセを、黙々と身体にしみこませる。

動画は、対多人数戦において、敵の側面を通り抜けながら攻撃する方法例である。見ての通り、通り過ぎる際の攻撃回数は、いいとこ3回くらい。その3回で当たらなくとも、素早く次に移動する。対多人数戦では、一人の敵にこだわっていたら、後方や側面の敵に捕捉され、袋叩きに遭ってしまう。

学内の教室内であれば、ここまで準備をしておけば、ほぼ全てのパターンをやりすごすことができる。ストリートでは、ナイフなどの武器を持った相手が襲い掛かってくるが、教室ではそこまでの脅威は考えにくい。

しかし、私にとって、教室内の戦いは脅威以外のなにものでもなかった。君もそうだと思う。厳しい練習ではあるが、対多人数移動遊撃戦の練習をすることで、その脅威に準備をしている自分を実感でき、大きな安心感が生まれるのだ。その心の余裕だけが、いじめ側が理不尽な要求をしてきた際拒否をするうえでの精神的拠り所となる。

これ以上の危機管理対策があるだろうか。どんな状況にも対処することができる安心感と自信(過信ではない)。悲しい例えではあるが、教室内の生徒全員がいじめに加担して一斉に自分に襲いかかってきても、練習をした君は、やり過ごすことができるのである。そのことは、大きな自信になる。君の顔つきは、きっと変わる。

八卦掌が適している理由4:厳選された「基本歩法」と「走圏」練功で高い機動力を素早く確保できるから。

八卦掌の高い機動力の「速習」を可能とするシンプルな「基本歩法」

弱者が強くなるために八卦掌の学習が効果的な大きな理由の一つが、単純でシンプルな機動力確保の歩法の練習体系がある、ということ。

八卦掌の移動遊撃戦スタイルと、敵横変化攻撃を支えるのは、まぎれもなく「基本歩法」である。言い過ぎを恐れずに言うならば、「扣歩」(こうほ)と「擺歩」(はいほ)のふたつさえマスターしてしまえば、基本歩法はほぼ習得できる。大変シンプルなのだ。

シンプル、といっても、習って一週間やそこらでできるほど簡単ではない。しかし扣歩と擺歩に絞られているため技法の練習が手返しよく集中的に行うことができ、早い段階で無意識レベルで使うことができるようになる。これは、いじめで今まさに暴力の脅威にさらされている人間にとって、大きな助けとなるだろう。

基本歩法をしっかりと毎日積み重ねていくと、いきなり達人になるとはいわないまでも、割と早い段階で身体が変わっていることを実感できるようになる。

そして基本歩法のあらゆる要素(安定さ・速さ・正確さ)を下から底上げする土台作りの練習が「走圏」である。

「走圏」は、八卦掌の実力を上げるうえで最も効率的な練習方法の一つ

八卦掌には、「走圏」という基本中の基本の練習がある。八歩で一回りできるくらいの円の上を、決まったポーズで歩く練習である。八卦掌修行者でなくても知っている人もいるくらい有名な練功法である。

走圏の役割を示す図

その基本練習が、今も伝えられ、日々の練習の中で中核の練習として取り組まれていることが、八卦掌が割と早く使うことができる大きな理由の一つだと言える。

走圏の役割は、基本歩法などの八卦掌の核技術を、底上げし総合力を上げること。そして走圏に取り組む具体的な目的は以下のように

  • 足腰の強化のため
  • 軽快な足の運び・身体移動を得るため
  • 動体視力を鍛えるため
  • 指先で突く技(穿掌)における指の強さを鍛えるため
  • 当たり負けしない「張り」ができるようになるため

多岐にわたる。単調な走圏の練習の中に、これだけのものを同時に鍛える意味がある。しかし時間のない君は、ここまで深く考えなくてもよい。対多人数移動遊撃戦をすばやく理解するために、戦うことをすぐ求められた時代の八卦掌は、、もっとシンプルに走圏を練習していた。

「走圏」は、誰でも習熟することができる単純な動作である。それは、特別な身体能力(人並外れた力・柔軟性・体格など)を必要としない。走圏の意味をしっかりと理解し、イメージしながら練習すれば、上で述べた「単換掌理」にもとづいた戦い方をするための基礎練習とすることができる。

いじめられている人が、八卦掌を通して人間的な強さ、たくましさを手にしたいと思ったならば、例え体育の内申が5段階中1であったとしても、すぐに走圏に取り組めばよい。走圏に、俗にいう「運動神経の良さ」は必要ない。

八卦掌の走圏に求められる身体上の要求は、細かくハードである。しかし最初からできなくてもよい。要求される身体上の注意点を守りながら、走圏をするうえでの姿勢を保ちつつ、歩いてみるとよい。八卦掌には、「先(ま)ず歩け」という有名な言葉もあるくらいだから。

最初は5分もできない。しかし、すこしづつ、今日は5分だったから、明日は6分やってみよう、今週は7分に挑戦しよう、という感じで、時間をとって練習していると、身体の余分なこわばりが消え、楽にできるようになってきて、結果、長時間できるようになる。その頃になると、指先に何とも言えない重さと充実感が満ち、指の先を伸ばした状態で相手を突けるようになる(穿掌)。

この状態に至れば、身体の移動が実にスムーズになり、足の運びも軽快となり、八卦掌独特の動きができるようになる。この段階までは(もちろんその先も)、間違いなく誰でも到達できる。八卦掌は、言われているような神秘的な拳法ではなく、その練習過程も含めて、合理的でシンプルな拳法なのである。

八卦掌が適している理由5:覚える技が少なめで少に徹することができ、熟練度を高めやすいから。

八卦掌はシンプルな拳法。それは、四半世紀以上この拳法に向き合ってきて、たどり着いた結論である。「誰もが大切な人・自分を守ることができる」技術を求めていたら、清朝末期・八卦掌成立当時の、対多人数移動遊撃戦を採るシンプルな、原点たる八卦掌にたどり着いた。弊門で伝える八卦掌は、水野オリジナルではない。昔の八卦掌なのである

学ぶべきものが多いと、その形を覚えるだけで、多くの時間を要するようになる。門派によっては、多くの型を学ぶことで技術を上げる練習体系を採っていることもある(それはその門派のアプローチ方法であり、正当なカリキュラムゆえ問題はない)。

私が求め習得した八卦掌に関しては、そのような考えではなく、八卦掌開祖の董海川先生が伝えたと言われる型(八大掌・老八掌・八母掌など)と定式八掌を中核として、単換掌理に従い、移動遊撃戦を貫き生存することを目指すもの。そのために少ない技をひたすら練り、精度を高めることを目指す。

千変万化、変幻自在、天衣無縫・・・・・。いろいろと表現され、高級拳法の代名詞みたいな扱いをされることもある八卦掌。しかし、変幻自在の動きを支える歩法は、大きく分けると扣歩と擺歩のふたつ。そのほかは、跟歩や連歩、点歩が動きを補助的に支える。

歩法から導きだされる敵と相対する身法は、外転翻身・内転翻身・半斜翻身の3つ。いろいろな組み合わせがあるが、それはあくまで変化の範囲内。敵の動きに応じて変わるため、それらの変化は「型」として残すには普遍性がなく、結局身法は、この3つとなる。

歩法から身法、そして敵に力を直接伝える段階に使用する手法は、八卦掌水式門の練習体系を参考にするならば、以下の8つです。

  • 劈掌(袈裟斬り・直下斬り)
  • サイ掌(逆袈裟斬りを意識したねじり込み打ち)
  • カン掌(手刀による水平方向斬り)
  • 穿掌(指先による急所突き)
  • 撩掌(すくい上げ打ち)
  • 拍掌(手の甲によるはたき打ち)
  • 平穿掌(指先による横撃打ち)
  • 推(捶)掌(掌底・手腹部による突き)

2つの歩法、3つの身法、8つの手法によって、敵に接近し、側面で変化し攻撃し、打ちながら去り、移動しながら打つ。接近の都度、敵の状況は変わっているため、そこに特有の名前が付くような大技はない。

長いこと練習をしていると、打つことができる場所が分かる。「そこだ!受けてみよ、我が必殺の○○○○」などということもなく、眼のまえに現れた打つことができる場所に、無意識に上の8つの手法でもって手を出す(攻撃)だけである。

私より3代前の、八卦掌第3代・李子鳴先生は、「八卦掌は単純な拳法。打つことができる場所を打つだけ」とおっしゃったが、まさにそのとおりである。まず大きな技があってその技を使えば敵は倒れる、というのではなく、状況があって、その状況にあった手法で、打つが出来る場所を打つ、というスタンスである。

よって弊門が伝える昔日の八卦掌には、絶招(必殺技・決め技)などはなく、歩法と身法、8つの手法を対人想定練習で繰り返すだけとなる。

弱い立場の者は自信を失くし、体力も低い場合が多い。弱者が理不尽な暴力に対抗するためには、合理的で考え抜かれた原則的基本技法を、無意識に出るまで繰り返すしかない。弊門で伝える、2大歩法と3つの主要身法、シンプルな8つの手法で構成される清朝末期成立当時の八卦掌は、その必要性を満たす拳法である。

「いじめ対策に武術は無意味」なはずがない~国(自分・大切な人)を守るため国防軍(暴力を制し守る技術)を持つのは当然のこと

自分・大切な人(領土・国民)を守るために、対暴力対処法である武術(例:国防軍)を習得するのは王道中の王道の対策

私の知人の教育関係者に、「最近の子供の間のいじめには暴力はないから、武道を学んでケンカに強くなる努力をするのは無意味」という意見を聞いたことがある。

しかし「無意味」とするのは、明らかに言い過ぎである。無意味なははずがない。人間が本来持つ、危険回避本能をいじめる相手に起こさせるために、武術を学んで反撃の実力を養うことは、今も変わらず極めて有効な護身の手段である。

学校生活の中で生徒同士のケンカで命が失われることは極めて稀なケースである。生徒同士のケンカは、しょせん生死を賭けた戦いではない。であるなら、いじめられる側が武術の心得を得て反撃の姿勢を示すことで、自身の命を守るための危険回避本能をいじめ相手が持たせることは難しいのではないか?と思うかもしれない。

しかし、いじめの暴力の場・ケンカの場で命の危険がなかったとしても、本人には、そんな第三者的な感覚など関係なく、一大事なのである。実際、いじめを苦にし、自ら命を絶つ辛い現実が、いまなお、日本各地で起こっているではないか。その記事を。そのニュースを見るたびに「いじめ」と戦うことは「命がけの戦い」であると再確認し、涙が止まらない。

武術を練習して、身体を鍛え、自信をつけ、いざという時の備えをしておこう。君の身体に、君を守る国防軍を常備しておくのだ。そして、相手が侵略(いじめ)をしてきた際には、なんらかの防衛行動を素早く取ろう。相手は、その反撃行動に、以後の行動を考えざるを得なくなる。

「最近のいじめに暴力はないから武術は無意味」などという他人事の意見には一切耳を傾けなくていい。人の学生生活、人生を変えてしまうほどの敗北し、そこから積み重ねて向き合ってきた、いまなお当事者である私が言うのだから間違いない。信じてほしい。いじめ対策に、武術を学ぶことは意味があるのだ。

このように、君が八卦掌や他の武術を学んで、いじめ側の力の行使を跳ね飛ばす実力を身に着けたら、相手に対する君の反応は劇的に変わる。嫌なことを強要されたり、人格を理不尽に攻撃された場合は、自信をもって拒否・抗議をすることができるのだ。相手が多勢の力を借りて、もしくは腕っぷしを頼みに君に服従を強要して来ても、平然と拒否することができるようになるだろう。

相手が手を出してきたら、さばいて弾き飛ばせばよい。弾き飛ばすことができないなら、斜進後方スライドで、徹底的に逃げまくればいい。倒す必要なんてない。立っていればいいのだ。

人格を皆で否定して来たら、言った連中に、不愉快な気持ちと、以後言わないことを命じればよい。そこで武力行使をしてきたら、また弾き飛ばせばよいのだ。多人数で襲ってきたら、八卦掌の単換掌理でとにかく逃げまくれ。ほんろうしてやれ。単換掌理に精通しているならば、相手は君をとらえることすら出来ないだろう。

君がいじめる側の暴力を弾き飛ばしたら、以後いじめ側に弾き飛ばされる恐怖や不安を植え付けることになる。こうなると、いじめる側は今までのような「気まま」ないじめなどできなくなる。下手すれば、自分の方が制圧されて、恥をかいたり痛い思いをするかもしれない、と臆し、警戒するからである。

極めて単純な話。これは、各国が軍隊を持つのと同じことである。「武力を備えること」は、いつの時代も、我が身を、自国を防衛するための大原則である。野心的な国が、隣国を侵略したいと考えても、戦争になれば隣国の軍隊と激しい戦闘になり大きな被害を受けるは間違いないため、簡単に気軽に戦いを仕掛けない。このたとえ話と全く同じことなのである。

大切な人を守るために、己に「国防軍」を持つことを決意して、行動し、戦った少年の話

ある少年の例を話しようと思う(後進を勇気づけるために例をとし用いることは本人の了承済)。

その少年、ずっと小学生の時からいじめられていて、中学生になっても変わらずいじめられていた。少年が2年生になった時、少年の一つ下の妹が同じ中学に入った時、いじめ側がその子を気に入ったらしく、性的配慮を欠いたアプローチをするようになった。

きっと少年の妹、ということで、同じように軽んじて見られてしまったのだろう。占領軍兵士が、無抵抗の市民に我が物に暴力を振るう構図に似ている。

「決意の時」

嫌がり、泣く妹を見て、少年は決意する。今までは自分だけの問題だったが、今は違う。強くなる、絶対に強くなって、妹を守る。絶対に!少年の心に、火が付いたのだ。これぞ強さへの第一歩。ここからすべては動き出す。

メールからは、その気迫がひしひしと伝わってきた。そこから、少年の後に引けない努力が始まる。速習を求められる状況で、やり込んだのは八卦掌の基本歩法と、ヒットアンドアウェイ戦法による徹底した遊撃戦の基本たる「単換掌理」の身法、そして体当たりの技術、持久力と素早さを身につけるための、上盤高速走圏。順勢掌理技法は、攻撃に気が取られ、体力も奪われる、かつ学校生活の護身であるため、この時はあえて省略をした。

ある時、少年に対し、いじめ側が、少年の妹をここに連れて来い、という。少年は「運命の時だった」と言っていた。そこで少年は激しく拒否。その時の胸の高鳴りを、熱く語ってくれました。その後も、事あるごとに拒否をし続け、いじめ側の態度が変わってきた。

少年はほんとうに頑張った。下搨掌の姿勢で馬鹿正直に走圏をし、指先を徹底的に鍛えた。そんな穿掌で打たれたら、相手はひとたまりもない。相手にとっても良かったこと。結局、少年の穿掌は、相手を貫くことも無かった。一番いい形で、現状が変わったのだ。

だから、あらためて言いたい。いじめ対策に武術を学ぶことは極めて有効で有意義である。それは、己が強くなることで、相手は我に恐怖を感じ、暴力による脅しをすることができなくなり、手を出しづらくなる。そして実際に暴力が行使されても、日ごろ武術を研鑽している備えがあるので、相手より精神的に優位な位置に立つことができる、から。

いじめられる側向けに書かれたサイトには、「辛かったら逃げろ」というアドバイスがある。逃げられる環境がある、逃げても受け入れてくれる人がそばに居るならば、その手段もいいだろう。

しかしたいていの場合、いじめられる側にそのような環境はない。逃げることはできないのだ。私も、私の同級生もそうだった。少年だってそうだった。もう妹にまで危害が及び始めていた。待ったなしだった。

であるならば、戦うしかない。君は今までのように扱われるのは、もう嫌だからこの話を読んでいるのだと思う。だったら、上の動画をまねてほしい。さっそく強さを得るための行動をしよう。まず、単換掌理の斜進後方スライドを学び、「当たらないようになる」ことだ。それだけでも、いじめを克服する極めて大きな一歩を踏み出すことができるのだ。

やればやるほど、強さという点において未熟だった君は、強くなっていく。

弱者生存の護衛護身武術を極めたい方へ~清王朝末期頃のままの八卦掌「清朝末式八卦掌」を国内で唯一伝える水野先生の道場「八卦掌水式門」入門方法

1.八卦掌水式門~清朝末期成立当時の原初スタイル八卦掌「清朝末式八卦掌」を国内で唯一指導する稀代の八卦掌家・水野先生の道場

八卦掌水式門代表・水野の写真
八卦掌水式門代表・水野義人先生

八卦掌水式門で八卦掌第7世を掌継させていただいた、掌継人のsと申します(先生の指示で仮称とさせていただきます)。掌継門人の一人として、八卦掌水式門の紹介をしたいと思います。

石川県・遠隔地門下生

八卦掌水式門は、清朝末期成立当時のままの原初スタイルの八卦掌「清朝末式八卦掌」を国内で唯一伝える八卦掌専門道場です。「単換掌の術理(単換掌理)」による「弱者使用前提」・「生存第一」の技術体系からぶれず、成立当時の目的を一心に貫く伝統門です。

八卦掌第6世の水野先生の伝える八卦掌は、強者使用前提・対一人・対試合想定の近代格闘術的八卦掌が主流となっている現代において、対多人数移動遊撃戦による弱者使用前提の撤退戦を貫いた極めて異色の存在となっています。

先生の伝える八卦掌の最大の特徴は、「単換掌の術理(水式門で先生は、「単換掌理・たんかんしょうり」と略して指導しています)」に徹している点です。

「単換掌の術理」とは、敵と接触を極力さけ、敵の力とぶつからない斜め後方へスライド移動しながら対敵対応をする、「相手次第」を排し「自分次第」にシフトした術理です。

間合いを取り、敵と力がぶつからない場所へ移動しながら「去り打ち」することを正当な戦法としているため、女性やお子さん・お年を召した方にとって極めて現実的な護身術となっています(※よって水式門では、私を含め、女性の修了者さんが多いです)。

単換掌の術理を理解するには、修行の初期段階に、術理に熟練した指導者による対面での練習を通して対敵イメージをしっかりと構築することが必要不可欠、だと先生は言います。

『八卦掌は「勢(せい)」が命の武術。前に向かってひたすら進み続けることで勢を維持せよ。後ろ敵は勢があれば追いつけない。横敵には単換掌の術理・斜め後方スライドで対応せよ。電撃奇襲をすることで、守るべき人に手を出させない、囮(おとり)護衛による中国産護衛護身武術なんだ』は先生の「口癖」化した説明ですね。

相手の侵入してくる角度や強度、そして敵動作に対する自分の身体の使い方を、先生の技を受け、または先生を試し打ちをしながら自ら身体を動かして学んでいきます。 先生は、「私の技を受けるのが最も上達する近道となる。しっかりと見てイメージを作り、独り練習の際、そのイメージを真似するんだぞ。」と語り、常に相手になってくれます。 それは初心者には果たせない役割。水式門では、先生はいつでも技を示してくれます。相手もしてくれるし、新しい技を指導するとき、使い方もしっかりと見せてくれるから、一人の練習の時でも、イメージが残るのです。

よって最初から全く一人で行うことは、リアルな敵のイメージが分からない点から、大変難しいものとなります。この問題は、私がこの場で、先生の指導を受けたほうがといいと強くすすめる理由となっています。

私も石川県在住時は遠隔地門下生でした。先生が富山に来たときは、集中的に相手になってもらいました。石川県という遠くであっても、先生の教え方のおかげで、ブレずにここまで来ることができました。

単換掌の術理に基づいた弱者生存第一の八卦掌を指導する八卦掌の教室は、日本国内では水式門だけです(それか、公にしていません)。

弱者使用前提がゆえの現実的方法で自分を守る武術に興味がある方。力任せの攻撃にも負けない護身術や八卦掌を極めたいと思う方は、水式門の扉を叩いてください。水式門なら、弱者が生き残る可能性を生じさせる八卦掌中核技術を、明快に学ぶことができます

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2.八卦掌水式門は、仮入門制の有る純然たる「伝統門」道場

八卦掌水式門代表・水野の写真
八卦掌水式門代表・水野義人先生

八卦掌水式門は、代表である水野先生が、八卦掌第5世(梁派八卦掌第4世伝人)である師より指導許可を受けて門を開いた、純然たる「伝統門」です。それゆえ、入門資格を満たしているかを判断する仮入門制(仮入門期間中の人柄・態度を見て本入門を判断する制度)を、入門希望者すべての方に例外なく適用しています。もちろん私も仮入門期間を経て本入門しました。

水野先生が指導する八卦掌は、綺麗ごとのない護衛護身武術。一部に当然殺傷技法が伝えられ、昔の中国拳法と同じく実戦色が強い八卦掌。誰それ構わず指導することはいたしません。

特に先生は、拳法を始めた動機も真剣。他者への思いやりに欠ける人間に伝えてしまい、それで人が傷つけられてしまう事態を招くことを、心から心配しています。

よって各科に掲載された「入門資格」を満たした人間だと判断した場合にのみ、先生は本入門を認め、受け継いだ技法をお伝えしています。「八卦掌の伝統門として、門が負うべき当然の義務と配慮」。これも先生が常に話す口癖ですね。

水式門には『弱者生存の理で貫かれた護衛護身術「八卦掌」を日本全国各所に広め、誰もが、大切な人・自分を守る技術を学ぶことができる環境を創る』という揺るぎない理念があります。

先ほども触れたように、他者への思いやりに欠ける人間に伝えてしまうことは、技法が濫用され第三者が傷つく事態を招き、理念実現に真っ向から反する結果を生んでしまいます。

水野先生は、門入口を無条件に開放して指導し門を大きくすることより、たとえ仮入門制を設けて応募を敬遠されたとしても、他者への思いやりに欠ける人間に伝えてしまう事態を避けることを重視しています。

ここまで書くと、なかなか入ることのできない難しい道場だと思うかもしれませんが、そんなことはありません。仮入門制はありますが、一般的な常識と礼節、思いやりがあれば、心配する必要は全くありません

指導を受けてみれば分かるのですが、先生はいつも、門下生のことを考え、熱心に指導してくれ、怒鳴ったりもなく、笑顔です。安心してください(無礼な態度や乱暴なふるまいには、ベテラン・初心者関係なく厳しいですが)。

仮入門期間を経て本入門となった正式門下生には、「誰もが大切な人、自分を守ることができる清朝末式八卦掌」の全てを、丁寧に、熱心に、真剣に教えてくれます

迷ってるあなた。水式門には、積み重ねるならば、弱者と言われる者でも高みに達することができるシンプルで明快な技術体系があります。先生の温かく熱心な指導で、「守る」強さを手にしてみませんか。

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