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弱者が強くなるために、なぜ八卦掌が適しているのか?その理由

数多く存在する武術・武道の中から、なぜ私は異国の文化たる中国拳法の八卦掌を選んだのだろうか?そして練習し続けてきたのだろうか?

その理由を説明することを、「八卦掌(中国拳法)を練習していじめに立ち向かってやろう」と考えた君への最初のメッセージとしたい。

拳法の取り組み方など、本当に人それぞれだと思っている。いじめを跳ね飛ばすだけならば、これからの人生において、ずっと練習し続けなくてもよい。いじめを克服するまでの練習でも、十分に成長を実感できるし、自信も湧く。でも今は、弱者が強くなるうえで八卦掌が適している理由を読んで欲しい。そして、少しでもいいのでやる気につなげてほしいと願っている。

「最近のいじめに暴力はないから武術は無意味」という問いについて

 私の知人の教育関係者に、「最近の子供の間のいじめには暴力はないから、武道を学んでケンカに強くなる努力をするのは無意味」という意見を聞いたことがある。

 それは半分当たっていると思われる。しかし、人間が本来持つ、危険回避本能をいじめる相手に起こさせるために、武術を学んで反撃の実力を養うことは、今なお極めて有効である。

 学校生活の中で生徒同士のケンカで命が失われることは稀である。であるなら、自身の命を守るための危険回避本能を相手が持つことは無いのでは?と思うだろう。しかし、命の危険がなくとも、自身の身体に危害が及ぶことだけでも、人間は大いに恐怖を感じる。

 君が八卦掌や他の武術を学んで、いじめ側の力の行使を跳ね飛ばす実力を身に着けたら、相手に対する君の反応は劇的に変わるだろう。嫌なことを強要されたり、人格を理不尽に攻撃された場合は、構わず拒否・抗議をすればいい。相手が多勢の力を借りて、もしくは腕っぷしを頼みに君に服従を強要して来ても、平然と拒否し続ければいい。

 相手が手を出してきたら、さばいて弾き飛ばせばよい。人格を皆で否定して来たら、言った連中に、不愉快な気持ちと、以後言わないことを命じればよい。そこで武力行使をしてきたら、また弾き飛ばせばよいのだ。

 もし君がいじめ側の暴力を弾き飛ばしたら、以後いじめ側に弾き飛ばされる恐怖や不安を植え付けることになる。こうなると、いじめ側は気ままないじめをできなくなる。

 極めて単純な話である。これは、各国が軍隊を持つのと同じである。野心的な国が、隣国を侵略したいと考えても、戦争になれば隣国の軍隊と激しい戦闘になり大きな被害を受けるは間違いないため、戦争は仕掛けない。このたとえ話と同じである。

 あらためて言おう。いじめ対策に武術を学ぶことは有意義である。それは、己が強くなることで、相手は力による脅しをすることができなくなり、手を出しづらくなること。実際に暴力が行使されても、日ごろ武術を研鑽していれば、暴力を弾き飛ばすことが容易なること、だからである。

 では、このページの本題である、八卦掌を学ぶことの利点を以下で説明していこう。

「走圏」という基本功に真面目に取り組めば、早い段階で使用できる

 数ある中国拳法の中で、八卦掌が弱者が強くなるために適している理由として真っ先に挙げたいのは、即効性である。

 即効性、といっても、習って一週間や一年で達人になることができるほど、簡単ではない。しかし、「走圏」という基本練習をしっかりと毎日積み重ねていくと、いきなり達人になるとはいわないまでも、割と早い段階で身体が変わっていることを実感できるようになる。

「走圏」は、八卦掌の実力を上げるうえで最も効率的な練習方法。その練習方法が今も伝えられている。

 八卦掌には、「走圏」という基本中の基本練習がある。八歩で一回りできるくらいの円の上を、決まったポーズで歩く練習である。

 その基本練習が、今も伝えられ、日々の練習の中で中核の練習として取り組まれていることが、八卦掌が割と早く使うことができる理由だと考えられる。

 走圏に取り組む目的は、以下の内容である。

  • 足腰の強化のため
  • 軽快な足の運び・身体移動を得るため
  • 動体視力を鍛えるため
  • 指先で突く技(穿掌)における指の強さを鍛えるため
  • 当たり負けしない「張り」ができるようになるため

 単調な走圏の練習の中に、これだけのものを同時に鍛える意味がある。実に効率的な練習方法であり、それがため、近世~現代の八卦掌の使い手は、技に習熟した後も走圏の練習をし続けている。

「走圏」という誰でも習熟できる基本が八卦掌の強さの根幹となっているため、誰でも実力をつけることができる

 「走圏」は、誰でも習熟することができる基本である。それは、特別な身体能力(人並外れた力・柔軟性・体格など)を必要としないため、「八卦掌を極めたい」と思う気持ちさえあれば、だれでもその希望を叶える可能性が生まれる。

 いじめられている人が、八卦掌を通して人間的な強さ、たくましさを手にしたいと思ったならば、例え体育の内申が5段階中1であったとしても、すぐに走圏に取り組めばよい。走圏に、俗にいう「運動神経の良さ」は必要ない。

 八卦掌の走圏に求められる身体上の要求は、細かくてなかなかハードだ。しかし最初からできなくてもよい。要求される身体上の注意点を守りながら、走圏をするうえでの姿勢を保ちつつ、歩いてみるとよい。八卦掌には、「先(ま)ず歩け」という有名な言葉もある。

 最初は5分もできないであろう。しかし、すこしづつ、今日は5分だったから、明日は6分やってみよう、今週は7分に挑戦しよう、という感じで、時間をとって練習していると、身体の余分なこわばりが消え、楽にできるようになってきて、結果、長時間できるようになる。その頃になると、指先に何とも言えない重さと充実感が満ち、指の先を伸ばした状態で相手を突けるようになる(穿掌)。

 この状態に至れば、身体の移動が実にスムーズになり、足の運びも軽快となり、八卦掌独特の動きができるようになる。この段階までは(もちろんその先も)、間違いなく誰でも到達できる。八卦掌は、言われているような神秘的な拳法ではなく、その練習過程も含めて、合理的でシンプルな拳法なのである。

多人数戦専用の拳法。集団から暴力を受ける者には、護身上最良の拳法となる。

 八卦掌という拳法が想定する「実戦」とは、「個人対多人数」である。それゆえに、八卦掌の技には、八大掌(老八掌)という型の中に見られる技のように、多人数を想定した動きがたくさん存在する。

 単純に考えても、多人数で行われる「いじめ」という攻撃に対して、この技術体系は大変有効である。物理的な攻撃はもちろんのこと、実は、いじめ特有の、己の精神に追い込みをかけるような陰湿な攻撃に対しても有効なのである。

 八卦掌の攻防理念には、多人数に当たるための技術理論はもちろんのこと、多によって圧力を加えられた場合の気持ちの持ち方にも、多くの指摘がなされている。

 走圏を練り、常に後ろに人がいることを想定しながら前方の敵を打つ練習をし、ひるがえって多方面に牽制と脅威を与え続けていくクセを、黙々と身体にしみこませる。学内の教室内であれば、これ以上の危機管理対策があるであろうか?どんな敵にも対することができる。悲しい例えではあるが、教室内の生徒全員がいじめに加担して一斉にかかってきても、練習をした君は、やり過ごすことができるのである。そのことは、大きな自信になる。君の顔つきは、きっと変わる。

覚える技が少ないから、少に徹することができ、熟練度を高めやすい

 八卦掌が使えるようになるために学ぶべきものは、突き詰めると、走圏・定八掌・八大掌(老八掌)・単繰八式(単繰手)である。技は多く見積もっても14個くらい。あとは変化である。

 学ぶべきものが多いと、その形を覚えるだけで、多くの時間を要するようになる。門派によっては、多くの型を学ぶことで技術を上げる練習体系を採っていることもある。しかし私が学んだ八卦掌に関しては、そのような考えはなく、始祖董海川が伝えたと言われる八大掌を中核として、少ない技をひたすら練り、精度を高めることを目指す。

 弱い立場のものは、自信を失くし、体力も低い場合が多い。そのような者が理不尽な暴力に対抗するためには、短期間で力をつけるために、限られた時間のすべてを、合理的で考え抜かれた原則技を徹底的に繰り返すことにあてなければならない。八卦掌は、その必要性を満たす拳法であると思う。

 いじめられる者は、学校に行くたびに攻撃を受ける現実が待っている。つまり、悠長にのんびりと練習することなどできないのだ。必要なものだけを、ひたすら繰り返す。八卦掌において練習すべきものに習熟したら、そこから多くの変化が生まれる。自然と変化ができるようになる。