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清朝末式八卦掌戦闘理論~「勢(せい)」で護身し囮(おとり)となって護衛する清朝宮中内護衛術

(このページは、2024年5月12日に更新しました。)

「勢」のイメージ画像

八卦掌で最も大事なことは、「勢(せい)」の維持である。「勢」は、八卦掌が八卦掌という武術として、掲げた目的を果たすための唯一無二の要素なのである。

つまり、八卦掌は「勢」の武術でなのである。

現代では多くの道場・指導者がそれぞれの立場で「八卦掌は○○が大事」と語る。そこで多く取り上げられるのが「螺旋」や「変則攻撃」・「変幻自在の歩法」などである。

これらは、清朝末期成立当時の頃の「転掌(てんしょう)」と呼ばれていた頃の原初八卦掌(以下「清朝末式八卦掌」と呼ぶ)には当てはまらない。

「螺旋」などの、敵の手元で対処するような要素は、移動遊撃戦スタイルを捨て、対一人・強者使用前提・他流試合想定の近代格闘術八卦掌となっていく過程で重要とされた要素なのである。

本ぺージでは、清朝末式八卦掌における最重要要素たる「勢」を維持する方法の視点、「勢」を利用して対多人数・対強者・対武器戦において生存の可能性を生じさせるかの視点、「勢」が護衛武術として欠かすことができないのはなぜかの視点で、戦闘理論を説明していきたい。

八卦掌は『宦官や女官でも「対多人数・対強者・対武器」戦で王族を護衛しうる武術』を目指して創出され、それゆえに清朝宮中内で認められた護衛武術

清朝王族に認められるための、「護衛護身術」スタイルだった

八卦掌は、成立当時は「転掌(てんしょう)」と呼ばれていた。移動遊撃戦渦中において、敵に対する攻撃方法(対敵身法)が、身を転じながら攻撃する方法を採ったから、だと考えられる。

八卦掌という武術の目的は、対多人数・対強者・対武器の圧倒的不利な状況でも、一定時間我が身を守って囮(おとり)となり、守るべき人(清朝王族・王族寵姫)を守る、というもの。そして使用者は、あくまで宦官や女官であることを想定していた。

清末当時に存在した武術は、「屈強な男性や、日常内で戦うことが想定される男性が、敵に向き合い、鍛えぬいた技法や筋力で戦うもの」であることが一般的であった。

八卦掌は、当時の武術としては異例中の異例として、宦官や女官などの、体格・筋力不利者でも護衛できる武術として生まれた。

それは、宦官となった創始者・董海川先生による思惑・野心が含まれていたと思われる。

女官や宦官でも使用でき、かつそれが護衛術としても成り立つ武術であるなら、宮中内ご用達武術として採用される可能性がある。清朝王族の親王府で認められることは、当時では大きな権威付けにつながったのである。

特定民族支配の、厳格な身分制社会が生み出した、身分の低い者による悲壮な護衛術

宮中内で官吏たちが練習する武術となれば、その創始者たる董先生は、宮中内武術教官として抜擢されることになる。清朝王族に認められ、名門一族の粛親王府にて武術教官となるのは、大きな出世を意味する。

去勢(きょせい)された男性官吏たる宦官(かんがん)は、身分が低く、ともすれば蔑視の対象であった。古来より中国では、宦官と間違われたくなかったから、ひげを生やす習慣もあったくらいだ。

支配階級民族・満州民族からすれば、下層漢民族出身の宦官の命の重さは軽いものであった。囮による護衛によってその命が奪われようとも、「変わりはいくらでもいる」ととらえていた。

片や、宦官となる者にも、宮中内に出仕することには大きなメリットもあった。宮中内で立身出世をすれば、低い身分から一発逆転をすることすらできる(中国歴代王朝において、国を亡ぼす原因となった宦官もいるくらいであった)。

逆転できないにしても、宮仕えをしている期間中は、食にありつける。実は「食にありつける」だけでも、当時の庶民にとっては大きな魅力であった。

太平天国の争乱期は、庶民を含め多くの命が奪われた動乱の時代。宦官にならず庶民として暮らしていても、いつ何時命を奪われるかわからない時代である。列強の侵略・大都市圏では、多くのアヘン中毒者がかっ歩し、地方は乱の残党や野盗だらけで治安も悪かった。

そこで一部の者は、宦官になってとりあえず食べていくことも考えたはずだ。

宮中に出仕すれば、生活は保証される。もし何かしらの形で名誉・肩書を得れば、後の生活も保証される。護衛の渦中で我が身の命が奪われたとしても、大きな栄誉をたまわり、後に残された家族が生活を保証されるかもしれない。

宦官になることは、去勢手術における落命の危険も含め大きなリスクを伴ったけれど、人によっては、命を賭けるに値する魅力的な立場にも映ったのだ。

「囮による護衛術」を実現するために一定時間「護身」して時間稼ぎをする。この護身時技術が、護身術に直結する。

創始者の董海川先生は、宮中内にて需要のあるものを生み出し、その先駆者となることで立身出世をする、という可能性に、自身の将来を預けた。

古来より、王族のために護衛者や刺客(暗殺者)となる者は、残された家族の生活が保証され、その家族に栄誉を与える約束のうえで、敵の刃を受け、もしくは死地に向かった。

刺客はもっと悲壮である。刺客となれば、ほぼその場で誅殺される。後の孫子の主君となる闔閭(こうりょ)のために、その時の呉王である僚(りょう)を魚腸剣にて暗殺した専諸(せんしょ)がいい例である。専諸は暗殺に成功したが、その場で呉王の側近に殺害された。

刺客や護衛者の末路は、それが一般的であったのだ。囮護衛などという悲壮な護衛方法は、厳しい身分制社会が生んだ、身分が低い者の採る悲壮な護衛スタイルなのである。

衛者は、敵に対し、正面にて打ち合うことをせず、敵の居ない場所へと移動し続ける。敵の眼前にてとどまるならば、屈強な体格や攻撃力の高い武器によって一瞬で倒され、要人に危険が及ぶ。

移動しつづけ敵をかわしつつ、異常事態を大声にて知らせる。その間、衛者は囮となる。そのような官吏が何人もいて、倒される都度、囮となるのである。後述する電撃奇襲の法により、刺客はいつまでたっても要人に手を出すことができない。そのうちに、味方の本格的な救援が来て、要人は守られる。

このような要人防衛方法では、衛者の命は奪われることもある。上述した通りである。

その点が、清朝末式八卦掌の極めて現実的で明快な点なのである。女性や宦官などの体格的・筋力的弱者が、実際に要人を守ることを果たすために、最も悲壮な点から目を背けてないのである。

目を背けるならば、今すぐ体得できそうもないような高級な理論を持ち出して、それを会得した暁には実際に護衛し得ると期待させて、王宮の信頼を得、または門弟を集めるのである。この拳法では、自らが犠牲になることありますよ、などと公言しては、人は躊躇する。しかし清末八卦掌は、その点にしっかりと向き合っているのである。

「勢」なくして、対多人数・対強者・対武器戦において生存なし。「勢」なくして八卦掌の発展なし。

宦官であったことと、宮中内で認められるため(需要を得るため)に、自らが以前修めた武術(戦場での刀術)を元に女官・宦官でも使い得る武術を創出した、という説には、それなりの説得力がある。

なぜなら、当時の中国に、ここまで女官や宦官に適した武術など、成立し得ないからである。当時存在していた武術のほぼすべては、屈強な男性向けのものであった。男性向けでなければ、中国国内で需要が無く、門派が繁栄しないからである(家伝で伝えられる武術は別)。

距離をとって護身を図る方法は、以前より戦場における護身の有効な方法であった。しかし、攻撃を犠牲にし、敵に攻撃を「当てる」より「当たらない」を第一とした斜め後方スライド技法で統一するまで生存にこだわっている武術は、他にない。これは、使用する人間が非力であることが前提だった証である。

宮中内で女官や宦官でも使え、かつ王族を守ることすらできる、宮中内奉仕者向けの護衛武術を創って、それが王族に認められ、宮中内官吏が修めるべき武術として採用されれば、その武術の創始者として武術教官となることができる。これは大きな出世である。

事実、八卦掌は、清朝名門王族たる粛親王府(しゅくしんのうふ)でその実力を認められ、董先生が武術教官となったことを契機に、急速に広まっていく。

八卦掌が世に生まれ、認められ、そして世に広まっていく。その前提として、『対多人数・対強者・対武器の圧倒的不利な状況でも、一定時間我が身を守って囮(おとり)となり、守るべき人(清朝王族・王族寵姫)を守る』という目的は、根本的なものだったのである。

この目的を果たすための最も大切な要素が『勢』なのである。勢がなかったら、対多人数・対強者・対武器戦に対応することができない武術となり、王宮内護衛武術として採用されない。八卦掌はここまで世に広まらなかったのである。

「対多人数・対強者・対武器」戦を生き抜く要素として『勢』を採用する

「勢」なくして、八卦掌に想定した戦いにおける「生存」は無かった

「勢」とは、速さを伴って、高い移動推進力で、進み続けること。また、その勢い。孫子の兵法では、一篇使ってまるまる勢の重要性を説くくらい、古来より中国兵法・軍隊戦術などで重宝されている。

勢無くして、多人数相手に生き残ることはできない。動かぬ的(まと)となったら、あっという間に取り囲まれる。

勢無くして、屈強な男性の力任せの攻撃に対処できない。とどまっていたら、屈強な男性の、力任せの攻撃をその場で受け続けることになる。

勢無くして、武器による斬撃をかわし続けることはできない。勢がなかったら、敵に距離を詰めらえ、切り刻まれる。鎧も武器も持たない宦官や女官は、手先の技術などで刃物の斬撃をかわし続けることなんぞ、できないのである。

「勢」を利用した移動遊撃戦は楽な戦い方ではない。生存の「可能性」が生まれるだけ。

対多人数戦が、こちらにとって極めて不利な戦況である、ということは、常に頭に入れておく。

昔日の八卦掌の術理を体得して、初めて、対多人数戦において、生存の「可能性」が生じるのである。昔日八卦掌をマスターしたから、常に「生存できる」のではない。

ならばなぜ、あのような、もっと自らを不利に落とし込むような戦い方をするのか?という意見が出る。敵に追わせ、敵を去りながら打つ「去り打ち」をするのか。

では、敵の眼の前にとどまって攻防をしてみるとよい。筋力・体力等に劣る弱者は、戦闘開始30秒も立たないうちに、力任せの攻撃に屈するだろう。

おおよそ、格闘技をやっているやっていないに関わらず、移動打ちを練習しない者が、初速のトップスピードを維持して動くことができる時間は、30秒である。敵が全力で動くことができるその時間中、少なくとも弱者はずっと、敵攻撃を防がねばならない。

実戦空手で有名な、極真空手の世界では、「5連発」攻撃で、防御技術の高い相手にも、攻撃を当てることができる、という実戦要訣がある。使い手が5連発を打つのに、10秒もかからない。

つまり、強者敵の眼前でとどまるなら、弱者はものの30秒以内に圧倒され敗れ、護身の場では被害者となる。

清朝末式八卦掌の採る単換掌の術理にて距離と保って何度も攻撃をかわすことで、戦いは長時間となるが、その間は生存し続けることができる。移動遊撃戦に慣れてない敵は、先ほどの、30秒を過ぎたあたりから、戦意に関係なく足が止まり始める。

そこを離脱するのである。持久力は絶対に必要である。次でもう少し、持久力を念頭に置いた戦い方を示す。

「勢」を利用し、弱者が日頃の準備で高めることができる持久力の領域で戦う。一度で一気にけりをつけない。

昔日の帆船同士の戦い方を知っているだろうか?

当時は蒸気やエンジンなどによる自走能力が無く、船は風をとらえ、戦うことを要した。戦闘では、有利な位置とされる「風上」を取ることに多くの時間を費やしたのである。

広い海洋面で互いの艦船が、何時間、いや、何日もかけて、風上を取る「戦い」に時間を費やしたのである。「戦い」は、両者が「激しく大砲で撃ち合」ったり「船を接触させて斬り込み白兵戦に移行する」前から始まっていたのである。

そして、戦いの前振りと思われるこの段階こそ、戦いの帰趨を決したのだ。

「大砲で撃ち破壊する・白兵戦に持ち込む」の選択を自軍の意思のままに敢行するためには、風上に自軍の艦船を置き、近付いたり離れたり、旋回したりと、思いのままに操船することができる条件を得た上で可能となった。

清朝末式八卦掌の戦いも同じである。八卦掌では、我が進んで敵の前方向かつ敵の存在しない場所に移動する。敵が後方や側面から追撃してくる。我は前をまっすぐ見て勢を維持して進むため追いつけず、側面に出て横から接近する。

これは、戦いを我の意思で誘導しているのである。敵を、移動遊撃戦の渦中に引きずり込んだ状態で、何度も何度も「接近~かわされる」を味わわせる。

この時常に、単換掌の術理たる斜め後方スライドで対処する。「前に進む速度を極力落とさずに斜め後方スライドにてかわし、前方向の敵の居ない場所に再び進み続け・・・」を何度も繰り返し、徐々に敵の体力を奪い、敵の足が止まった時点で、一気にキロメートル単位離脱を敢行する。

一撃で、一発で、一瞬で、敵の追撃を振り切るのではない。何度も繰り返すことで、徐々に敵の攻撃能力(体力・戦闘意志など)を奪うのである。

『単換掌』は、対多人数移動遊撃戦渦中において、『勢』を維持したまま対処する最も基本的な対処法

対多人数移動遊撃戦の渦中において、「勢」の維持が最も危ぶまれる、斜め後方・側面からの敵攻撃に対処する最も基本的な動作が「単換掌」

翻身旋理・刀裏背走

八卦掌には、様々な技法が存在する。そのもっとも代表的なものが、単換掌である。

実は単換掌(の術理)とは、勢を保って移動している最中、「敵が側面・斜め後方から攻撃してくる」という「勢を頼みにした攻防が最も危ぶまれる時」に、勢を減退させず敵をやりすごすための、最もシンプルで最も典型、かつ考え抜かれた対処法なのである。

この部分を知らない修行者が、圧倒的に多い。単換掌と双換掌以外は全て変化型であると考えてもよい

ほとんど多くの修行者は、その点を理解していない指導者の話を信じて、単換掌の深い意味までも考えることなく、単換掌をさっさと終わらせ、他の型、それも長い連続型(套路・とうろ)の練習ばかりをしている。

これは、原則を理解せず、その派生部分ばかりを勉強しているのと同じである。一部の指導者はただちに、単換掌をもっともっと煮詰める指導にシフトした方がいい。

単換掌を洗練させる作業は、大変時間がかかる。動作は簡単だが、練習すればするほど、己の対敵感覚の上達に伴い、より一層洗練しうるパターン・コツが見えてくる。私自身、未だに、一日2時間以上も、単換掌の術理に時間を割く。

ゆえに八卦掌水式門では、単換掌と双換掌の修行に、多くの時間を費やす。繰り返すが、定式八掌の転掌式も、他の老八掌の技も、単換掌・双換掌の変化型だからである。

各種武器も「単換掌の術理」である斜め後方スライド対敵身法によって行う

実は、各種武器術も、単換掌・双換掌の術理を用いて行う。そして、練習する基本型も、定式八掌の主要型とほぼ同じである。水式門が伝承する武器術は、転掌刀・遊身大刀術・双身槍術・双短棒(双匕首)・連身藤牌術、と五種類ある。

数は多いが、すべて、単換掌・双換掌にて修めた術理を用いるため、思ったほど習熟させるのに時間はかからない。以下は転掌刀の型と徒手との比較である。

  • 按刀(あんとう)・・・徒手では「托天掌」と「推磨掌」
  • 陰陽上斬刀(いんようじょうざんとう)・・・徒手では「陰陽魚掌」
  • 上翻サイ刀(じょうほんさいとう)・・・徒手では「叉子掌」
  • 撩陰刀(りょういんとう)・・・徒手では「指天画地掌」
  • 背身刀(はいしんとう)※徒手には該当なし

武器術は、双換掌(もしくは陰陽魚掌)にて学ぶ『敵に一瞬背を向ける(外転翻身)斜め後方スライド』の術理を使用する比率が高い。実は、双換掌の方が武器術理の原型である。徒手技法における原型が単換掌なのである。

徒手時は、武器所持時に比べ手返しよく手を出すことができるため、単換掌が成立することとなった。

対多人数移動遊撃戦渦中における単換掌の使い方を知ることが、清朝末式八卦掌の戦闘理論を知ることになる

単換掌の斜め後方スライドは、前に進んでいる最中における横・斜め後方からの敵に、大きな効果を発揮する。

陰陽魚掌もしくは双換掌で学ぶ、『敵に一瞬背を向ける(外転翻身)斜め後方スライド』を組み合わせることにより、全方向の敵の急接近をかわすことが可能となる(真後ろの敵は、勢を利用した前方向への移動で対処できる。)。 敵の眼の前にとどまらず、勢を保ち移動し続けることで敵を後方に引き連れ、視界に入ってきた敵にのみ斜め後方スライドで対応する単換掌の術理の習得が最優先である。

護衛武術として成り立つための『順勢掌の術理』~勢を利用した電撃奇襲戦で、要人に手を出させない術理

しかし対多人数移動遊撃戦時には、前方向に敵も現れる。その弱点を克服するために、前敵に対する対処法が考えられた。

あと、斜め後方スライドばかりで移動し続けていると、複数人の敵は「逃げてるだけ」と勘ぐり、要人に手をだそうとする。複数人の敵に、常に自分に意識を向けさせるために、遊撃戦渦中における要所要所で、電撃奇襲攻撃をして敵に脅威感を与え続ける必要がある。そこで順勢掌の術理たる、前敵スライド回避攻撃の対敵身法を使う。

これは、斜め後方スライドを、前に応用するのだ。

前敵スライド回避攻撃。この順序が大切である。

多くの修行者は、前敵に、攻撃~スライド~回避、となっている。これでは、攻撃を先にしている時点で、敵と力がまともにぶつかり、勢が削がれ、周囲の敵に捕捉される。

攻撃から先に入らない。まず「スライド」なのだ。少しでもスライドしながら入るのだ。そうすることで、勢を保つことができる。勢さえ保っていれば、前敵や後方から迫る敵に捕捉されない。

しつこく言う。あくまで前敵には「スライド~回避~攻撃」なのである。弊門で指導する単招式は、すべてこの順序である。よく見直して欲しい。明日の練習から、もう一度意識しなおして欲しい。先にスライドすることでまず移動による防御をして回避しっつ、そのうえで去り際に手を出す(攻撃)のである。

改めて私の動画を見て欲しい。動かない的を攻撃している、などと的外れな指摘をしている時点で、そいつは少しも昔日の八卦掌をわかっていないとさらしているようなものだ。見ている点がずれている。

ほんのわずかだが、スライドして回避し、そして手を去り際にスッと出す。だから、敵の頸部後方に手が当たるのである。

この術理も、勢を利用した対処法である。順勢掌の術理。前敵スライド回避攻撃の対敵身法である。

八卦掌が勢を重視するのをわかっていただけたであろうか。

この点について、必ず 清朝末式八卦掌全伝 で、詳しく体系的にまとめる。

昔日達人の武勇伝でも比べ物にならないくらい、大切な点だからである。

弱者生存の護衛護身武術を極めたい方へ~清王朝末期頃の昔日の八卦掌を国内で唯一伝える水野先生の道場「八卦掌水式門」入門方法

1.弱者生存第一の「単換掌の術理」に貫かれた成立当初(清王朝末期頃)のままの八卦掌を国内で唯一追求し指導する、稀代の八卦掌家

八卦掌水式門代表・水野の写真
八卦掌水式門代表・水野義人先生

八卦掌水式門で八卦掌第7代を掌継させていただいた遠隔地門下生のsと申します(先生の指示で仮称とさせていただきます)。代継弟子の一人として、八卦掌水式門の紹介をしたいと思います。

石川県・遠隔地門下生

八卦掌水式門は、成立当初(清王朝末期頃)の「単換掌の術理(単換掌理)」に貫かれた「生存第一スタイル」の八卦掌を指導する、国内で極めて数の少ない八卦掌伝統門です。

八卦掌第6代の水野先生の伝える八卦掌は、敵前変化攻防の近代スタイル八卦掌が主流となっている現代において、対多人数移動遊撃戦による弱者使用前提撤退戦を貫いた異色の存在となっています。

先生の伝える八卦掌の最大の特徴は、やっぱり、「単換掌の術理(水式門で先生は、「単換掌理」と呼んで指導しています)」に徹している点。

「単換掌理」とは、敵と接触を極力さけ、敵の力とぶつからない方向へ移動しながら対敵対応をする術理です。間合いを取り、逃げることを正当な戦法とし、力がぶつからないため、女性やお子さん・お年を召した方にとって最も現実的な護身術となっています(※よって水式門では、私を含め、女性の修了者さんが多いです)。

単換掌理を理解するには、修行の初期段階に、掌理に熟練した指導者による対面での練習を通して対敵イメージをしっかりと構築することが必要不可欠、だと先生は言います。

「単換掌理系の技は、対人走圏で養った移動による間合い取りと、敵の引きつけ引き込み技術、転身技術とで実行する技。現実的で明確な敵のイメージを持って練習しないと、実戦でとまどうことになる」は先生の口癖ですね。

相手の侵入してくる角度や強度、そして敵動作に対する自分の身体の使い方を、先生の技を受け、または先生に試し打ち(!)をしながら自ら身体を動かして学んでいく必要があります。それは初心者には果たせない役割。水式門では、先生がいつも相手をしてくれるし、新しい技を始動するとき、使い方もしっかりと見せてくれるから、一人の練習の時でも、イメージが残るんです。

よって最初から全く一人で行うことは、リアルな敵のイメージが分からない点から、大変難しいものとなります。この問題は、私がこの場で、先生の指導を受けたほうがといいと強くすすめる理由となっています。

私も遠隔地門下生。先生が富山に来たときは、集中的に相手になってもらいました。石川県という遠くであっても、先生の教え方のおかげで、ブレずにここまで来ることができました。

単換掌理に基づいた弱者生存第一の八卦掌を指導する八卦掌の教室は、全国にほとんどありません(それか、公にしていません)。弱者使用前提がゆえの現実的方法で自分を守る武術に興味がある方。力任せの攻撃にも負けない八卦掌を極めたいと思う方は、水式門の扉を叩いてください。水式門なら確実に、弱気が生き残るための技術を学ぶことができます

2.八卦掌水式門は、入門審査を通った者が門下生となることができる純然たる「伝統門」道場

八卦掌水式門代表・水野の写真
八卦掌水式門代表・水野義人先生

八卦掌水式門は、代表である水野先生が、八卦掌第5代(梁派八卦掌第4代伝人)である師より指導許可を受けて門を開いた、純然たる「伝統門」です。それゆえ、入門資格を満たしているかを判断する入門審査(問いあわせ~体験までの態度を見ての総合判断)を、入門希望者すべての方に例外なく行っております。もちろん私も受けたうえで入りました。

水野先生が指導する八卦掌は、護身術であれど、一部に当然殺傷技法が伝えられ、昔の中国拳法と同じく実戦色が強い八卦掌。誰それ構わず指導することはいたしません。

特に先生は、拳法を始めた動機も真剣。自分を律することができない人間に伝えてしまい、それで人が傷つけられてしまう事態を招くことを、心から心配しています。

よって、以下で掲げてある「入門資格」を満たした人間だと判断した場合にのみ、先生は受け継いだ技法をお伝えしています。「八卦掌の伝統門として、門が負うべき当然の義務と配慮」。これも先生が常に話す口癖ですね。

水式門には『弱者生存の理で貫かれた護衛護身術「八卦掌」を日本全国各所に広め、誰もが、大切な人・自分を守る技術を学ぶことができる環境を創る』という揺るぎない理念があります。

先ほども触れたように、己を律することのできない人間に伝えてしまうことは、技法が濫用され第三者が傷つく事態を招き、理念実現に真っ向から反する結果を生んでしまいます。

水野先生は、門入口を無条件に開放して指導し門を大きくすることより、たとえ審査を設けて応募を敬遠されたとしても、少なからずいる暴力的・非常識な人間に伝わってしまう事態を避けることを重視しています。

ここまで書くと、なかなか入ることのできない難しい道場だと思うかもしれませんが、そんなことはありません。審査はありますが、一般的な常識と礼節、思いやりがあれば、心配する必要は全くありません

指導を受けてみれば分かるのですが、先生はいつも、門下生のことを考え、熱心に指導してくれ、怒鳴ったりもなく、笑顔です。安心してください(無礼な態度や乱暴なふるまいには、ベテラン・初心者関係なく厳しいですが)。

審査を通過した正式門下生には、「誰もが大切な人、自分を守ることができる八卦掌」の全てを、丁寧に、熱心に。真剣に教えてくれます

迷ってるあなた。水式門には、積み重ねるならば、弱者と言われる者でも高みに達することができる技術体系があります。先生の温かく熱心な指導で、「守る」強さを手にしてみませんか。

3.入門手続き

八卦掌水式門の正式門下生となるためには、個別指導科における近代八卦掌コースを除いたすべての科において、仮入門期間(体験入門日から一カ月経過もしくは体験入門を含めた3回の練習参加)を経る必要があります(指導内容が他人を傷つける技術を含むため)。この期間を経過した後、入門を希望する方は、以下の手続きに従い、入門申請をしてください。

手順1 申込フォーム記載申請と体験入門参加

各科とも以下の問い合わせフォームに必要事項を記載のうえ体験入門を申請する。

手順2 本入門希望者は、「本入門申請フォーム」より、本入門申請をする

体験入門を含めた仮入門期間経過後、本入門を希望する方は、各科共通の 本入門申請フォーム より、本入門申請をしてください。本入門を認めるかどうかの判断をさせていただきます。

「入門資格・入門時誓約事項・入門時特記事項」については、こちら にて必ず目を通し、理解したうえで本入門申請をすること。

「入門資格・入門時誓約事項・入門時特記事項」

本入門申請意思受領後、本入門審査を経て、結果のメールを送信します。本入門許可者には、入門案内のメ―ルを送信しますので、メール文中に記載されている弊門指定の銀行口座に初月指導料を振り込んでください。

※入門許可メール送信後、送信日を含めて14日以内に入金がない場合は、入門の意思がなくなったと判断し、申請はなかったものとさせていただきます。

※本入門が許可されなかった場合についてのクレーム・理由開示要求には、例外なく対応いたしませんのでご了承ください。

手順3 「入門誓約書」のダウンロード

下のリンクにて「入門誓約書」をダウンロードし、内容を確認。誓約書の内容に同意するならば、同書類を印刷し、必要事項を記載の上、本入門後の初回練習時に持参する。

「入門誓約書」のダウンロード

※ダウンロードができない方は、shiroikukmoajisai@gmail.com 宛にご連絡ください。

手順4 練習会に初参加

上記「入門誓約書」を持参の上、グーグルカレンダー記載の希望各科の練習会に参加する。

※「入門誓約書」を必ず持参すること。持参し忘れ2回目の者には例外なく指導しない。ダウンロードができなかった理由で持参出来なかった者は、必ずそのむねを告げること。

※カレンダーが、参加する科のカレンダーであるかどうかを、しっかりと確認すること。

※各科とも、参加希望日の前日の24時までに、に、参加メール「例文:○○です。○○日参加します」とメールを入れること(場所変更の可能性があるため)。

八卦掌水式門富山本科イメージ